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エネルギーのシフトについて①

  エネルギーのシフトについて。
  
  今朝の朝のエントリー記事の中にでフォトンベルトのことが触れられている。
  ドーナツ状に光子が集まっている帯としてのフォトンベルトは、「物理学的にあり得ない」という理由で否定されているようだが、なにかの強烈なエネルギーが現在降り注がれているというのは事実だと思う。

  最近の異常な犯罪の増加はこのエネルギーと無関係ではないような気がする。
  その根拠は『日月神示』の「神と獣を立て分ける」という言葉。 
  そして、エネルギーの作用と言うのが葛藤の表面化と、解放であるということ。

  これはユニティへと向かうプロセスなのだが、その過程のひとつとして、心的現実と、物理的現実との壁が崩壊しているような気がしてならない。
  それが何をもたらすかというと、「我慢できない」という状態をもたらすのではないか。エネルギーの作用と共に表面化した葛藤を内部に蓄積することが難しく、それがそのまま現れてしまう。

  このような現象が「神と獣をたてわける」の意味ではないかと推測している。
    
  葛藤を解消する、手放すという方法論、もしくは浮上してくるネガティブなものは浄化されていない感情をあらわしているに過ぎないと言う視点がないと、これはなかなか今後やりすごすのが大変になってくるのではないだろうか・・・。

  エネルギーの影響はもしかすると、肉体的な病の形で現れるかもしれない。もしくは神経症やウツ、その他の精神的な病気として現われる可能性もある。どちらにしても、それらの多くは変化のエネルギーがどこかでブロックされているというサインとして現れることが多い。(これは今みたいな時代でなくてもそう)それをただ薬などで抑制していると、自分のこころが更によくわからなくなる場合もある。

  正直、「こころの浄化が必要なんです!」とニュース番組で言って欲しい。
  親が悪いとか、漫画やゲームの影響が・・・とか、雇用状況が・・・とかそんなことを言っても本当に意味がないと思う。一番の根本に目を向けないと、たぶん更に状況はひどくなる。
  
  だからこそ、これは誰一人として逃れることができない「行」なのではないだろうか。
  『日月神示』はそのような世界を暗示しているように思える。   
  かといって深刻になる必要はなく、必要なのは神を信頼し、そこに委ねるだけだと思う。
  その中に必要なことはすべて含まれているのだ。
  あとは穏やかに、笑って、流れに逆らわず、できるだけ楽しく過ごしていればいい。

  神がないときに僕らはひどく苦しむのだ。
  神があればその苦しみは半減以下になり、よろこびが輝きだす。
  
  世の混乱は、神が激しく人を呼んでいることの証だと思う。
  あなたの中の混乱は、神が激しくあなたを呼んでいることの証です。  
  

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アセンション考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/07/24 21:55
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