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UFOと猫とゲームの規則、『宇宙船天空に満つる日』、ONはOFF、OFFはON

  昔よく読んだ小説で「UFOと猫とゲームの規則」というのがある。
  地球人を応援する方と、滅ぼしたい方、二種類の宇宙人がプレイするゲームの中に巻き込まれてしまった少年の物語だ。
  その中で、少年が見る夢の中で世界各地の上空にUFOが現れるというシーンがある。





  暗闇の中で、僕は夢を見た。
  夢の中では、翌朝、おびただしい数のUFOが地球上の各都市に飛来していた。僕も、朝駅に向かう途中で、頭上に浮かんでいる六個のUFOを見た。予備校にいても落ち着かなくて、午後は街に出て、たくさんの人たちと一緒にUFOを眺めてすごした。

 その夜のテレビのニュースは、世界各国の首都の空に浮かぶUFOの群れの映像とともに、エイリアンたちが各国政府と秘密の交渉を行っていると伝えた。

 人々の間には、二種類の噂が飛び交っていた。一つは、宇宙人は人類に高度な科学技術をもたらして、人間はこれからもう労働しなくてもよくなり、戦争も病気もなくなるというもので、もうひとつは、人類は宇宙人に征服されてしまい、永久に奴隷か家畜の扱いをうけるだろうというものだった。どちらにしても、働きたいとか勉強したいとかいう気を起こさせるような噂ではなかった。駅前では、群集を前にして中年男が演説していた。これからは金持ちも貧乏人もなくなる、金の値打ちはなくなって、土地でもうけたやつらは全員破滅するだろう・・・。

 僕も予備校へ行くのをやめて一日中街をブラブラしていたが、叔父さんも大学へ行かずに、中古のオートバイを買ってきて、団地の階段の下で油まみれになって部品をいじっていた。そして、仕事をやめてバイクで旅に出ると言い出した。




 主人公は予備校生なのだが、『予備校生であることは頭の中のたくさんのスイッチのいくつかがずっとOFFになったままの状態のことだ』と言っている。



 予備校生であるということは、僕に言わせれば、頭の中のたくさんのスイッチのうちのいくつかがずっとOFFになったままの状態のことだ。もちろん、予備校生だって毎日いろんなことを考える。ガールフレンドができたら、やっぱり最初のデートは動物園か遊園地がいいだろうか、それでは子供っぽすぎるだろうか、とか、シベリア鉄道に乗ってヨーロッパまで行ってみたいな、でもそれは多分実現しないだろうな、とか、自分はやっぱり自分はやっぱり将来平凡な家庭を持って平凡な人生を送るんだろうか、とか。ラジオで聞いた歌に感動したり、新聞記事を読んで腹を立てたりすることだってある。でも、回路のスイッチがOFFになってるものだから、考えたことも感じたことも途中で宙ぶらりんになったまま、どこか頭の後ろのほうの戸棚に押し込まれて、ほこりをかぶって忘れられたままになるんだ。少なくとも来年の春までは・・・ 



  ところがあるきっけで、カチッという音と共にスイッチがONになり、この世界とは別の現実の中で奇妙なゲームに参加することになってしまう。
 これを読んだとき、スイッチのONとOFFというのが本当にリアルな比喩に思えた。

 そして、空いっぱいになんだかよくわからない飛行物体が滞空し、人々が普通の生活をやめてしまい、大学教授のおじさんは「バイクで旅に出る」ことにする、というのはなんだかとても魅力的なシチュエーションに思えた。いいものか悪いものかわからないが、人智を超えたものが明らかな形になり、その前で人はより素直に、本当の自分らしくなっているようなそんな風に思えたからだ。一種の「お手上げ」の状態だろう。

 それは全体的な、ある種モラトリアムな判断停止の状態であり、主人公の『予備校生』という身の上とも対応する。
 予備校生の頭の中のスイッチはOFFになっている。
 常に受験勉強のカリキュラムに追われて、それ以外のことは考えることも、感じることも中途半端になる。

 だが、UFOを前にして仕事を辞めて、バイクで旅に出ることに決めてしまったおじさんの頭のスイッチはどうなったのだろう?ONになったのだろうか。OFFになったのだろうか?
 もし普通の状況ならそう言う人は、「切れてしまった人」つまり世間に適応できず、OFFになってしまった人と言われかねない。
 しかし、UFOが頭の上に滞空しているのに、例えば証券取引所で株を必死に空売りしている人がいたとすればどうだろうか? 彼は古い現実に対しては、まだしっかりとONになっている。しかし、新しい現実に対してはまったくOFFのままなのだ。その状況では彼が「切れた人」になる。

 一方、バイクで旅に出てしまったおじさんは、新しい現実を受け入れ、本来の自分に「ON」したのだ。

 ホイットリー・ストリーバーの「コミュニオン」に登場する、あるアブダクション体験者は、「エイリアンのような」存在にこう言われている。

 『オンはオフで、オフはオンなのだ。われわれは言葉を取り違えている

 渡邊大紀という人が書いた、「宇宙船、天空に満つる日」という本がある。
 この本は、やがて来る地球の大変化の折に、無数の宇宙船が現れて、人々を救い上げると言うものでキリスト教の「空中軽挙(ラプチャー)」の趣を持った内容になっている。
 僕はこの本を90年代の終わりごろにバイトをしていた書店で見掛け、昼休みの休憩中に斜め読みしてみた。そして、正直、世の中にはおかしな人もいるな~と若干引き気味だった。

 しかし、最近またこの本に縁が出来、もう一度読むことになった。
 それは浅川さんの講演の中で聴いた話しだが、浅川さんが昔この本の著者の渡辺氏が主催していたUFO研究会のような組織に所属しており、直接話したこともあるというのを聴いて、少し興味が出てまた買ってみたのだった。 

 本の内容に関しては100パーセント納得できたり、賛同できるものではなかったが、なぜか僕の中でたくさんの宇宙船が現れる日が来る、というのがそれ程あり得ないことではないように思われた。
 この心境の変化は、自分がだんだん現実に目覚めていっているのか、だんだんトンデモ化していってるのか判断に迷うところではあった。

 しかし、確実にいえること、それは、このビジョンが今大勢の人の中で具象化しているということだ。印象的なUFOの夢を見る人がたくさんいる。それをもとにブログを書いている人もいる。そしてそう言う人は、この渡辺氏の本を、自分の体験を解釈するツールとしている。
 このようなことが起こるのは、『宇宙船天空に満つる日』という本が、真偽は別にしてなんらかの「心的現実」に触れた経験をもとにして書かれているからではないかと思う。
 どのような「心的現実」とも触れていない本は、すぐに忘れ去られる。
 だがユングの「集合無意識」や「元型」をソースに持つ著作や、物語は生々しい生命力を持ち、一時は忘れ去られても、しかるべき時に必ず復活する。
 それは僕らの中にそれとシンクロするものが活動しているからだ。優秀な作家や、著述家は前もってそれらのソースと接触し、「心的現実」の最新バージョンを提示してくる。
 そのような人物はしばしば予言者とも呼ばれるが、彼らは新しい「心的現実」の開拓者なのだ。

 集合無意識は僕の考えでは、ほぼ「霊界」と等しい。
 アセンションに関する情報が、100年以上前から(聖書を考えれば2000年近く前から)文化を異にする世界の各地にばらまかれていることも、この集合無意識(霊界)のネットワークによる。
 これは「心的現実」が必ず現象化するということではない。
 それは何かのシンボルや、あるいはよからぬものであるという可能性も常にある。 
 だから、宇宙船の大量飛来もシンボリックに解釈するべきものかもしれない。
 
 もしシンボリックに解釈するとすれば、僕は現在の状況を、空に大量の宇宙船がすでに滞空している状態とみなす。しかしこの宇宙船は透明であり、ある人には見えるが、ある人には見えない。
 宇宙船の大群が見える人は、何かとてつもない変化が起こっていることに気づいている。
 だが宇宙船が見えない人は、相変わらず何も変わらない日常が続いているものと思っている。
 この宇宙船はまだ、いいものか悪いものかわからない。
 だから様々な希望的観測や悲観的観測が渦巻く。
 そしてスイッチをそちらに切り替える人も多く出てくる。
 スイッチを切り替える人と、切り替えない人では自ずからライフスタイルに違いが生じる。 
 スイッチが「OFF」になっているように見える人は、実は「ON」になっており、「ON」になっている人は「OFF」のままかもしれないのだ。
 何も大げさなことを考えていなくても、「ON」になっている人は新しい現実に合わせてひとりでに生き方を変えている。物質的な価値を重んじる考えから、精神の姿勢の重要性を重んじる方へ自然とシフトしている。
 確かなことは、もうすでに巨大な変化と言う半透明のUFOが、僕らの頭上に滞空しているということだ。  
 さて、UFOはどんなメッセージを語り始めるのだろうか?
 それは新しい世界へのオンと古い世界のオフを暗示している。
 
ufomany.jpg

UFOと猫とゲームの規則 飛火野 耀 1991年 角川スニーカー文庫
飛火野 耀:生年、経歴ともに不詳。本人は10年前のクリスマス・イヴにこの地上に突然出現したと主張しているが、真偽のほどは定かではない。トマス・ピンチョン、大島弓子、カール・ドライヤーを尊敬し、競馬場での瞑想とルネサンス音楽とを趣味としている。なお、1995年頃から連絡の取れない状態が続いている。以下は「イース小説」(iアプリ)の著者紹介から抜粋。

本著作物、小説「イース」(角川文庫刊)の著者であります飛火野耀先生とは現在連絡が取れない状況にあります。ご本人様やご親族の方、もしくは近況をご存知の方がいらっしゃいましたら、以下のメールアドレスまでご連絡ください。


 宇宙船天空に満つる日 1993年 渡辺大起・山本耕一 徳間書店
渡辺大起:日本で最も歴史あるUFOの研究団体「宇宙友好協会」の主要メンバーの一人。日本を代表するコンタクティ。

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アセンション考 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2008/10/03 10:54
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