ジャパと瞑想

 ブッダガヤーの土産物屋で買ってきた数珠を使って、ジャパを執拗に続けている。
 瞑想も最近は少し気合を入れて・・・。
 
 突然、PCがつかなくなったので、しばらくブログは書かなかった。
 もうしょうもないことを書きなさんな、と言う事かと思いネットも少しお休みしようかと思ったけど、今夜試してみたら電源が入ってしまったのでまた性懲りもなく書いている。原因不明。

 「永遠の伴侶」にはハートの中の宮に神が祀られていることをイメージする瞑想法がブラナーマンダによって説かれていた。
 ハートチャクラの至高の機能は、神を愛するということではないだろうか。
 というよりも、このハートの中ではすでに僕らは神を愛しているのではないかと思う。
 神への愛は、「至高の愛欲、憧れ」である。

 何か巨大なもの、人智を越えたものがあるから
 僕は存在している あらしめられている
 僕を生かしているなにものかの存在の 末端部分は見える
 酸素だ
 心臓だ
 DNA 父と母だ
 しかし その巨きなものの 始点部分は
 人智を越えた闇の中に消えている
 それを光と呼ぶのもいいが、闇と呼ぶのもいい
 なぜなら僕らの傲慢な理性の光を超越したところに
 それはあるから
 科学はそれを未知と呼び
 古人はそれを神と呼んだ
 呼び方はこの際、どうでもいい
 唯一絶対のそれがなければ
 僕は存在しなかっただろう
 人智を越えたそれが僕を生かす
 僕があることと、それがあることは
 絶対性の鎖によって結び付けられている
 「それ」は 僕が、そして森羅万象があることの
 絶対必要条件である













 









スポンサーサイト
未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2006/05/06 19:51
コメント

管理者のみに表示