僕は魂

 僕達は確かに、間違いなく魂なのであるが
 自分は魂である、という観念が死ぬ時にこそ
 僕は魂として生まれる

 僕は魂であるという観念は
 自分は魂でないと知っている
 自我が描く幻想である

 脆弱すぎるリアリティー
 それよりも遥かにリアルな
 風の音と 車のエンジン音
 窓ガラスの揺れる音 
 僕の鼻毛

 本当に魂あるものはそんな世界の方が好きだ
 魂はことさらに 自分が魂であることを
 意識などしない
 無限の命の美を巡るだけだ
 
 僕が魂である時
 僕は無限の生命をしか見なかった
 僕が自我である時に
 僕は虚構の有限の生命を見て
 決して死なない魂などという
 観念を生んだ

 しかし決して死なない魂という観念は
 必ず死ぬ
 僕が本当に死ぬ時
 その観念は僕を少しでも
 助けてくれるだろうか

 僕は頭の中で
 僕以外の誰かの人間の死を
 自分の死だと思っていた
 そうやって自分が死ぬ事に目をそむけていたのだ

 しかし現実は違う
 まさに僕自身が死ななければならないのだ
 自分は魂だと思おうと
 自分は肉体だと思おうと
 どちらにしろ、死ぬ
 それは何よりの現実だ 

 この自覚の前に
 私は魂なのだという観念は生きていられない
 まさに 僕が 僕自身が死ぬ事を本当に知る時

 ギロチンの刃が落ちる瞬間
 電気椅子のボタンが押される瞬間
 心臓の鼓動が止まるまさにその瞬間

 そこに私は魂なのだという馬鹿馬鹿しい思考が
 生きていられる訳もない
 そして僕は、僕自身の、何の助けもない、
 むきだしの死を、死ぬ

 そして魂となるのだ
 観念ではなく、真の魂に
 無限の命の海を巡る魚に
 この海の水は、神の酒
 魚はすっかり酔っ払い 
 そして、恍惚となり
 死を恐れていた自我だった頃を忘れる
 
 きらきら きらきら 
 きらきら きらきら







 












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| コメント(0) | トラックバック(0) | 2006/05/22 13:05
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