卵の中の黄身

我もなく うつし世もなくなにもかも  神の中なる 神のあらわれ  BYダンテス・ダイジ

無一物〜王様のマーヤ〜

  自分の言葉には、自分のエネルギーが乗る。

  自分のエネルギーには、自分のエゴが乗る。

  自分の言葉を叩かれると、自分のエネルギーが、『エゴ』が叩かれていると認識される。

  人は自分の肉体や、感情や、知性や、感性や、知識や、所有物や驚くほどいろいろなものに自己を同一化させている。これらは、マーヤだ。

 というよりも、それらが自分と一体だとみなしている認識、それらが『自分のもの』だと思っている認識がマーヤだと言えるかもしれない。

 YOGAとは神と人をつなぐ「くびき」の意だと言われる、一方EGOとは、自己と神以外のものを結びつける接着点のようなものかもしれない。自己同一化と、所有という概念はほぼ等しい。

 しかし所有という概念は、宇宙には「実在しない」。
 「自分」の「モノ」など、どこにもないのが現実だと言える。
 
 不可分の宇宙に国境線を引いて、ここからここまでが「私のモノ」ということは出来ないし、出来たとしてもそれは人間の中だけで通用する『ごっこ遊び』のようなものではないか。

 無数のEGOが、ありとあらゆる「モノ」と自分を結びつけ、所有しようとしている。
 これが常に行われている見えない戦争だ。
 ただひとつ実在している神の国というベースの上で行われている、王を見失った兵士たちの騒乱だ。
 無数の兵士たちの中、稀に、すべては神のものであったことを思い出す存在が現れる。
 その時、すべての自己同一化がはずれるのだろうか。

森も河も 果樹園も 
 立派な宮殿も 宝物も
 我々が奪い合っていたすべてが
 慈悲深き、王のものだった
 我々はそれを奪い合い、国土を荒廃させてしまった。
 兵士自身が神から生まれたのだ。
 彼は武器を捨てて、大地にひざま付く。 

 神様は朽ち果てた玉座の後ろ、隠し扉の裏側でワインを飲みながらほくそ笑んでいる。

  さて、いつ出て行くかな・・・?
 騙されてた奴らをからかって、一緒に酒盛りでもするか。

 万有は死に帰す1

        frederic06.jpg


  レオン・フレデリック作 万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん
  
 

≪ 神を想うホーム時限式 ≫

Comment

ほんと、EGOとの関わりって難しいですね。
看破してしまえば良いんでしょうが。。
とはいえ、なかなか。。。v-404

>ザッハさん

そうですね〜EGOと正面から戦おうとしても、単に自己否定とか自己嫌悪になりがちですね。生き方が窮屈になったり、こころに自由がなくなったり。先日師匠に会ったときに、「我々はもっとわがままになってもいいんだよ。というのはこの道に進む人は自己否定のかたまりのような人が多いから」と言う言葉を聴きました。

自己否定と自己超克の違いが、僕にとってたまに混乱材料になりますv-402

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