女神の性質⑤

  又、これです(笑)
  このタイトルでこんなにシリーズ化するつもりはなかったのだけど、なんか書くことがなかなか尽きないのでもうちょい続けようかと思います・・・。
  それもやはり「かたち」の母のことをテーマに書いているので、『世界内存在』というところからいろんな方向にいくらでもでも話しを展開して行けるからかも知れない。
  スタニスラフ・グロフのBPMについて自分の理解が浅かったように思うので、もう一度これについて書いてみる。


  BPMの諸相にリンクする元型イメージ

 BPM(Basic Perinatal Matrix・基本的分娩前後のマトリックス)についてもう一度おさらい。
 東欧の精神医学者、スタニスラフ・グロフはLSDセラピーや、ホロトロピックセラピーを患者に施していく中で出産時や子宮内での記憶が、患者の無意識の信念体系に深く影響しているのを発見し、この記憶領域をBPM(Basic Perinatal Matrix・基本的分娩前後のマトリックス)と名づけた。

 BPMは4段階ある。
 ①BPM1は、胎児が子宮の羊水に穏やかに浸っている状態。
 ②BPM2は、子宮口が開く前に、子宮が収縮を始め胎児を締め付ける段階。
 ③BPM3は、産道に出た胎児が誕生に向かい苦戦する段階。
 ④BPM4で、新しい世界に誕生し母親から離れる。

 そして、それぞれ問題のあった領域での記憶を想起・解放することによって様々な精神的症状が軽減・治癒していくのを目撃した。
  ここだけを読むと、トラウマを全て胎児期に還元するような単純化をグロフは犯しているように見えなくもないがそういうことではないようだ。
 グロフの論で重要な部分は、それぞれのBPMは特有の元型イメージと結びついているということではないかと思う。

 『深い分娩前後の記憶は、ユングが集合的無意識と呼んだ領域への入り口を準備してくれる場合もある。産道を通り抜ける苦しい試練を再体験するとき、他の時代や文化の人々が体験したのと同じ出来事を体験したり、動物や神話的人物が体験した出生プロセスを身をもって体験したりすることもある。他の方法で、虐待されたり、投獄されたり、拷問を受けたり、犠牲になったりした人々との深いつながりを感じることもある。それはまるで、生まれ出るために奮闘している胎児の普遍的な体験とのつながりが、現在、あるいはかつて同じような状況にいたことのあるすべての存在との、親密で、神秘的ともいえる結びつきを喚起するかのようである。』

                             スタニスラフ・グロフ著 深層からの回帰 より

 それは俗に言われる、『前世の記憶』なども含まれる。
 それぞれのBPMはそれぞれの性質に特有のイメージ・記憶へとアクセスするための、扉の役割りもする。BPMのそれぞれの段階が、元型イメージを発生させるまさに「母体」となる。それは例えば次のようなものだ。これはBPM1(羊水的宇宙)にアクセスした若き医師の体験である。

 ひとつのレベルでは、依然として、彼は良き子宮の満ち足りた完璧さと至福を体験する胎児であった。あるいは、自分の命を養い、育んでくれる乳房とひとつに溶け合った新生児だった。
 もうひとつのレベルでは、全宇宙であった。彼は無数の脈動する銀河が輝く大宇宙の光景を目撃していた。時おり、それらのものを外から眺める観客となり、別の時には、それら自体になった。
 この光り輝く息を呑む大宇宙の眺めは、同様に奇跡的な小宇宙の体験・・・最初は、原子や分子のダンス、それから生化学的な世界の出現、そして生命の始まりと個々の細胞の進化・・・と絡み合っていた。彼は生まれてはじめて、本当の宇宙・・・はかりしれない神秘とエネルギーの聖なる戯れからなる宇宙・・・を体験しているのだという実感にひたされた。

 この豊穣で複合的な体験は永遠につづくように思われた。つらい病んだ胎児の状態と、この上なく幸福で穏やかな子宮内の存在状態との間を彼は揺れ動いていた。時たま(母から流れ込む)毒物の影響が童話の世界に登場する元型的な悪魔や悪意に満ちた生き物の形をとることもあった。子供たちが神話的な物語やその登場人物に心をひかれる理由について、溢れんばかりの洞察がひらめきはじめた。その洞察のいくつかはかなり幅広い関連性を持っていた。
 
 安全な子宮や神秘的な恍惚の中で経験できるような完全な充足状態への渇望が、あらゆる人間を動機付ける究極的な力であるように思われた。この渇望のテーマがハッピーエンドに向かって話の筋が展開する童話の中に表現されていることに気付いた。ユートピア的未来という革命家が抱く夢の中にも、また、認められ賞賛されたいという芸術家の衝動の内部にも、そして財産や地位や名声を求める欲望の内にも、同じテーマが見えた。

 人類がかかえるもっとも基本的な葛藤に対する解答がここにあることが非常に明確になった。この衝動の背後にある渇望と欲求は、外的世界においてどんなに素晴らしい偉業を達成したとしても決して満たされることはない。この渇望を満たすことが出来る唯一の方法は、自分自身の無意識の中にあるこの場所ともう一度つながることであった。有効に働く唯一の革命は、人間ひとりひとりの内的変容である、という多くの霊的な教師のメッセージを突然理解した。
 
 胎児期の肯定的な記憶を追体験している間、彼は全宇宙との一体感を味わった。ここには、タオ(道)、内なる超越、ウパニシャッドのタト・ツヴァム・アシ(汝はそれである)があった。個体性の感覚はなかった。彼の自我は溶け去り、全存在とひとつになった。時に、この体験は内容がなく、つかみどころがなかった。またある時は、たくさんのうつくしいビジョン・・・元型的な楽園のイメージ、最高の豊穣、黄金時代、人の手に汚されていない自然・・・を伴った。彼は、水晶のように澄んだ水中を泳ぎまわる魚、山間の牧草地を軽やかに飛び回る蝶、舞い降りて、海面をかすめて飛ぶかもめになった。また、海、動物、植物、雲になった。ある時はそのうちのひとつに、ある時は別のものに、又ある時は同時にそのすべてのものになった。』


 以上は前掲書からの引用で、非常に目くるめく体験だが、これは、彼が実際に胎児期に感じていた記憶とはまったく別物かもしれない。しかしそんなことはある意味どうでもいいことで、興味深いのはBPM1にアクセスすることがこの種の、宇宙的合一や完全に満たされた宇宙に存在しているという体験への扉を開くと言うことだ。
 僕はグロフのBPMという概念が普通の前世療法やなんかより面白いと思うのは、ここではBPMというあらゆる体験の型を包括したような元型から無数のイメージ・記憶が想起されるためだ。
 なぜBPMがそのような性質を持っているかというと、胎児が子宮内にいる状態と言うのはおそらくもっとも、世界内存在であるという認識が強い時期であり、グレートマザーの力もまたもっとも強大であるからではないかと思う

 あらゆる僕らの体験は、僕らが世界内存在であるという絶対無比の認識に基盤を置いているのだ。これがBPMより深いところにある絶対的な元型であり、そして僕らが世界内存在であるということによって生まれる、世界の僕らへのはたらきかけ、そして僕らの世界への反応(愛憎半ばする)がまたいくつもの元型世界を産み出していると言える。
 BPMにおいて胎児に恐怖と、歓喜を与えるのは、明るく豊穣なる母アイマ(パールヴァティ)と、暗く不毛なる母アマ(カーリ)のお馴染みの二元型だ。
 BPMには、その世界内存在であることによって発生する体験領域のすべてが可能性として含まれているのではないだろうか。

  胎児は、受精から、誕生までの間にひとつの 『生』 を母胎内で生きるのではないだろうか。
 ひとつの生であればこそ、そこには誕生後の人生で経験する出来事の雛形となる体験が、型としてすべて存在しているのだと思う。

 村上龍『コインロッカーベイビーズ』と、孤児たちのママへの復讐、異化された男性性は破壊を渇望する、BPM1としての音療法

 僕は村上龍の『コインロッカーベイビーズ』という小説が好きで、以前よく読んでいた。
 この物語は、ハシとキクというコインロッカーに捨てられた二人の孤児の、世界への愛憎の物語である。
 たまたま同じ日にコインロッカーから発見された二人は、キリスト教系の孤児院で幼児期を過ごした後、離島に住む夫婦の家へ養子として送られる。
 キクは肉体的な感性の強い、陸上選手に、そしてハシはあるひとつの「音」を探し続けることによって音楽的な感性を開花させていく。(この「音」というのは二人は表面意識では忘れているが、実は二人が幼児期に精神療法を受けた時に、聞かされた母胎内の心臓の音である
 見知らぬ男に性的ないたずらをされた後、ハシは、書置きを残して東京へ行ってしまう。
 どうやらハシは自分の実の母親の情報を偶然知ってしまい、それでいてもたってもいられなくなったようだ。残されたキクと育ての母親は、彼を追って上京する。
 都会はキクに重苦しい閉塞感を与える。ここで彼は初めて世界を破壊したいという願望を感じる。
 旅先のホテルの一室で、一緒に来た育ての母がちょっとした頭部への怪我が原因で、キクが朝目を覚ますと死亡し、冷たくなっている。その時、彼は思う

 『陽はカーテンの隙間から差し込み部屋の温度はどんどん上がった。部屋はコンクリートとガラスで密封されている。キクは全身に汗をかいている。窓の外のビル解体現場から電源車の唸りが聞こえ始めた。窓ガラスを震わせる。クレーンが鉄の玉を振り回す、その最初の一撃がビルの壁に減り込んだ時キクは叫び声をあげて不安な夢から覚めた。

 どこにいるのかしばらくわからなかった。部屋を見回した。白いものが隣に転がっている。シーツは死体が吐いた血で赤黒く滲んでいた。キクは和代の顔と首と胸にぴったり張り付いたシーツを見た。人間の上半身に赤いペンキを塗ったようだった。キクは恐怖で震えだした。次から次に汗が吹き出て左手からは和代の化粧のにおいがした。和代の匂いはまだ生きていた。

 赤く濡れたシーツでかたどられた和代は硬いただの人形だ。キクの中で隠れていたものが少しだけ姿を現した。鉄の玉がビルを打ち崩す音が休みなく聴こえる。新しい汗が吹き出るたびに恐怖が怒りに変わった。この不快な暑さは我慢できないと思った。閉じ込められている、そう気付いた。ガラスとコンクリートに遮断されたこの部屋、閉じ込められたままだ、いつからか?生まれてからずっとだ、柔らかいものに俺は密封されている、いつまでか?赤いシーツをかぶった硬い人形になるまでだ。

 コンクリートが砕ける音がする、窓の外の街は熱暑で歪んでいる、ビルの群れがあえいでいる、白く濁り溶けようとしている街が呼びかける気がする、廃鉱の島にひろがる無人の町並みが頭に浮かんでくる、窓の向こうで暑さに喘ぐ午前中の東京に重なる、東京がキクに呼びかけている、キクはその声を聞いた、壊してくれ、全てを破壊してくれ

 ・・・キクの中で古い皮膚が剥がれ殻が割れて埋もれていた記憶が少しずつ姿を現した。夏の記憶だ。十七年前、コインロッカーの暑さと息苦しさに抗して爆発的に泣き出した赤ん坊の自分、その自分を支えていたもの、その時の自分に呼びかけていたものが徐々に姿を現し始めた。どんな声に支えられて蘇生したのか、思い出した。殺せ、破壊せよ、その声はそう言っていた。その声は眼下に広がるコンクリートの街と点になった人間と車の喘ぎに重なって響く。壊せ、殺せ、全てを破壊せよ、赤い汁を吐く硬い人形になるつもりか、破壊を続けろ、街を廃墟に戻せ


                      村上龍著 「コインロッカーベイビーズ」 より

 ここでキクに現れているのはBPM2的な、「出口なし」の閉塞感であり、彼を包み込んでいる、「やわらかいもの」そして熱暑の都会は、彼にとって「暗く不毛なる母・アマ」である。それは彼が捨てられたコインロッカーのイメージでもある。彼にとってこの世界(都会)は、彼が死に至るまで彼を閉じ込めるカーリとなった。
 彼に訪れた破壊衝動は、このネガティブマトリクス(あくまでもキクにとってということだが、まあ身に覚えのある人も多いだろう)からの脱出願望であり、自由への夢だ。 
 キクの『街を廃墟に戻せ』という言葉からもうかがえるが、破壊というのはそれ以前への秩序、あるいはカオスへの回帰願望でもある。
 そしてこの後、自分を『鰐の王国からの使者』だと冗談めかして語るアネモネという少女との出会いによって、彼の願望は街を『ジャングルに戻す』というイメージに変わっていく。

 あたしって鰐みたいな女よ、ねえキクびっくりすること教えてあげようか、あたしは鰐の国の使者なのよ。
 ディズニーランドに四つのくにがあるように、脳には三つの国があってね、運動の国、欲望の国、考える国、欲望の国の王様は鰐なの。運動の国の王様はヤツメウナギで考える国の王様は死人よ。
 あたしは鰐の国に住んでるわけ。あたしは顔も可愛いし太ってないし、貧乏人の娘じゃないし、健康で先天性梅毒じゃないし、どうでもいい人たちから好かれなくても苦しくないし、便秘もないし、両方とも視力は2.0で足も速いの。鰐の神様がどうでもいいことを考えなくてもいいようにしてくださったのよ、わかる?
 あたしは使者なの。この町を鰐の王国にするためにあたしは選ばれて、ある男の手助けを命じられているのよ、あなたよ、キクをずっと待ってたの。あなたはこの街をメチャクチャに食いちぎるために生まれてきたのよ、あたしと巡り合ったのが何よりの証拠だわ

 
 「鰐の王国ってどこにあるんだよ」
 
 「あたしの口の中、暗くて柔らかなべろの下



 ただ単に、「廃墟に戻す」というだけではなく、原初の自然の理想郷(これはどちらかと言うとアイマ・明るく豊穣なる母)への回帰イメージと変化していく。 ネガティブマザーへの反抗は即、ポジティブマザーへの思慕となってしまうという構造がここには見える。アネモネは魔的でエロチックでどっちかというとヤバいアニマだが、キクに何らかの生命を与えている。「廃墟」を夢想していた孤独な男性に、プリミティブな歓楽に満ちた『鰐の国』からの招待状が届いたからだ。
 このように男性にとって、アニマ・女性性とはそれがどんな種類のものであろうと、なんらかの生命の付与者だ。

 男性性のある面の特徴は、世界からの孤立であり、世界内で異化された存在であるという認識ではないかと思う。世界内で異化された存在である人間には、世界を破壊・あるいは暴力的に支配したいという願望が生まれる。
 男性性がネガティブに働くと、対象を破壊したり、相手を力や論理でねじ伏せたいと言う欲求が強くなる。 これが、独裁者や、テロリスト、凶悪な犯罪者、マッドサイエンティストwというような存在に共通して働いている原理だ。彼らは言ってみれば、ネガティブマザー(彼らには世界がそう見える)への反抗者なのだ。このネガティブマザーへの反抗と言う破壊作用は、女性よりもより男性において激しく、また外向的に表現される。
 
 ちなみに今僕が書いているような文章もどちらかというと男性エネルギーが強い文章ではないかと思う。なるべく暴力的にならないようにはしているつもりだがw

男性性のポジティブな元型はユングの「オールド・ワイズ・マン(老賢人)」や慈悲深き支配者、あるいは「王」である。これらの元型の中では、男性の暴力性はなりを潜め、超克されている。
  
 キクが世界への破壊願望に突き動かされていくのに対して、ハシは幼い時に聴いた絶対的なある「音」を探し続けることで、音楽に向かいやがてカリスマ的な歌手としてデビューする。 
 特徴的なことはキクのテンションがすべて外向的であるのに対して、ハシは内向的であるということだ。しかしやはりハシも破壊願望に取り付かれてもおり、その破壊作用は主に自分の精神や肉体に対して向けられている。 
 キクがハシに再開した時、ハシは女のように化粧をして客をとる男娼のようなことをしている。やがて歌手になったあとは声を変えるために自分の舌先を自分で切断する。
 ハシが探し求めていた「音」は、母胎内の心臓の音をアレンジして精神療法用に作られたものだった。それはBPM1の特質を持っていて、彼らの破壊的エネルギーを一時的に抑制する効果を持っていた。担当の精神科医は孤児院のシスターに、その「音」についてこう語る。

 『・・・この治療法はアメリカで幻覚剤による急性分裂病に用いられて開発されたものですが、患者を、もう一度胎内に戻すのです。絶対的な平静と秩序を与えるわけです。
 電気操作した人間の心臓音、胎児が母親の胎内で聞く母親の心臓音ですね
、人間の心臓は胎内では非常な音量で響いているんです。空気ではなく体液の振動で伝わるからです。それは単なる音ではなく様々な器官や血液、リンパ液を震わせて胎児に伝わるために、複雑な音階さえ感じられます。この音階と音色が昨年アメリカの精神医学会で発表された時に、マイケル・ゴールドスミスというマサチューセッツ工科大学教授で神経化学を研究している人が面白い意見を述べました。
 この人は余技に空想科学小説を書くんですが、その心臓音は、航空宇宙局が飛ばしている人工衛星が発する異生物交信音と非常によく似ているというのです、偶然でしょうがね。
 私はその心臓音を実験的に聞きましたがそれはすごいものですよ、半覚醒状態で聞くと圧倒的な平安と至福を覚えます。宗教家のみなさんにこんなことを言ったら失礼だろうが、その昔キリストが与えた至福感とはああいうものだったのかと思いますね

 
 しかし失礼なことはない。先の若き医学者の回帰体験で見られたように、宇宙的な恍惚感とBPM1はどこかとても深いところで連動しているからだ。
 と言っても宗教的恍惚感が、BPMの記憶に根ざしてるとかそんな意味ではなく、人間の魂の非常に深いところで、意味的に連動しているということ。
 ここでは「音」が母体の代わりをするのだが、それはより精妙な世界では「波動」(目には見えない振動パターン)がマトリクスを構成しているからであると思う

 目に見えるマトリクスを支えているのは、不可視のマトリクスだ。

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女神の性質 | コメント(6) | トラックバック(0) | 2009/01/27 17:53
コメント
子宮・音・アニマ
私は以前より何の根拠もなく感覚的に人には地球の母と宇宙の母がいるので、私たちが浮かんでいる子宮は1つではないと思っておりましたので大変興味深い内容でした。
認識できないだけで実はもっとあったりして?などともふと思ったりすることもあります。

”音”も大切ですよね。
聞こえるものはもちろん聞こえないものであっても音(波動)は場を支配できる大きな要素だと思います。
私にとってはまず自分のいる環境から、いかに氾濫するノイズを除去するかが課題であったりなんかもしますが、ずぼら系神経質なのでほとんど対処できていませんけど(笑)

余談ですが単純頭の私はアニマと聞くとアニマ・ムンディ(ALBUM:Through The Hill )という曲が頭の中で流れ何とも言えない気分になります。
とても良い曲なので、もしお嫌でなかったら機会がおありになる時にでも聞いてみて下さい。
(試聴サイトもあるのですが30秒じゃなんだかよくわかりませんよね...)
>籠の鳥さん

コメントありがとうございました!

>私は以前より何の根拠もなく感覚的に人には地球の母>と宇宙の母がいるので、私たちが浮かんでいる子宮は>1つではないと思っておりましたので大変興味深い内>容でした。 認識できないだけで実はもっとあったりし>て?などともふと思ったりすることもあります。

おっしゃるとおり通り、子宮も多重構造なんでしょうね。、女神も大地の女神ガイア(ギリシャ)、天空の女神ヌイト(エジプト)、水の女神サラスバティ(ヒンズー)、アマテラス(日本)などたくさん存在しているようですが、すべて原初の女神の一側面ではないかと思います。

アニマムンディという曲は聴いたことはないのですが、確か元は『人間の鋳型』という意味があったような、なかったような。。。これも母体の一つかも。記憶が定かではないですが。

今後ともよろしくお願いしますv-411
ずいぶん前にブリージングとかで、
出産時を追体験したことがありますが、
BPMの4段階はそれぞれ一つ一つが強烈でした。

>宇宙的な恍惚感とBPM1はどこかとても深いところで連動しているからだ。

確かに連動してますねv-410
>ザッハさん

コメントありがとうございます~♪

>ずいぶん前にブリージングとかで、
>出産時を追体験したことがありますが、

そんなことまで体験されていたんですね!とか言いつつ僕も一度ブレスワークに参加したのですが、あまり深いところには入らなかったようです。
 ザッハさんが体験されたのも過呼吸を行うものですか?
ビジョンや感覚とかはかなり強烈に感じられましたか?興味あります。
25年も前のことなので、その状態への入り方はちょっとあやふやですが、
ビジョンや感覚は今でもはっきりと覚えています。

口を大きく開けて、深く吐いたり吸ったりを30分ごろから、
体に力が入らなくなっていき、、、ふと気がつくと、
子宮の中なのか、、、心地良い安らぎの世界にいました。

と、、、突然、猛烈な力で、その安らぎの地から、
無理やり、まったく知らない世界へ連れ去られようとされました。
たとえようもない強烈な異常事態で、まったくのパニック状態になってしまいました。

そして、いきなり眩しい世界へ、、、
やがて、ぼんやりと人影を見出して、少しづつ気持ちが落ち着いていったのを覚えています。

子宮から押し出され、産道を通っているときの恐怖は、
これまでの人生上、飛びぬけて最強でした。

それから、出産直後の新生児は目が見えないと言われますが、
あれは嘘ですね。私は見えましたし。
それから、十数年後にある事情から立ち会った出産直後の
新生児も、抱いている私の目をしっかりと見据えてました。
>ザッハさん

貴重なお話しありがとうございますe-466本当にかなり強烈な体験だったようですね。やはりBPM2から3までは胎児にとって相当衝撃的な体験だと言うのがよくわかりました。多くの人がそのような強烈な情動を忘れて、当たり前のような感じで日々生きているというのもシュールですね。
 でもそれだけ強烈な情動は、忘れても無意識から働きかけているんでしょうね。読んでいて、自分の中にもあるような気がしました。

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