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パンデミック効果

 『新型インフルエンザ』は、最初の報道が入った24日から僅か4日ほどで世界十六カ国に広まった。

 ただ、不思議なことに、メキシコ以外の国では死亡に至った例は報告されていない。

 これはまだメキシコほど感染者がないためにそうなのか(だが実際は毒性は致死率10パーセント弱あるくらい強いか)、もしくは、やはり人種によって効き方が違うのか、あるいはウィルスの毒性が消滅したのだろうか?

 もしも現在のウィルスが毒性がたいしたことないのであれば、むしろ今の内に感染しておいた方がいいのかもしれない。
 というのは、この豚インフルエンザが一旦収束して第二波、三波となって再来する時にバージョンアップしていても今感染しておけば、その強力版に対して抗体を持つことが出来るからだ。
 
 が、もちろん今の奴がホントによわっちいのかどうかはまだわからない。そうである限り成田へ行って到着ロビーで大きく何度も深呼吸を繰り返す気にはなれない。またこれが拡大していく間に変異して強力化(毒性が強くなる)するという可能性もあるのだろう。
 鳥インフルエンザから来るH1N5型の『新型』が現われた場合、その死亡率は約60パーセントと言われている。今回のものはそれと比べたら毒性は取るに足らない。しかし、10パーセントの致死率でも、強力な感染力で世界中にひろがれば十分脅威的だ。

 基本的に、今回のウィルスは豚と鳥と人の遺伝子が入ってるそうだが、おそらく人為的な『製品』である可能性が高いのではないだろうか。専門家も人工的なものではないかと言う人がいる。
 ただ、もしそうだとすれば、これはまだ一番強いカードを出したわけではない。第二第三の製品が控えているような気がする。

 そのような陰謀論的なこととは別に、
 今回の事で、このようなパンデミックが発生しそうになった時、その結果どのような事態が想定され、また誰が得をするのかということがぼんやりとわかってきたような気がする。

 基本的に今回の金融危機、これは終息して景気が上向いているわけではなく、それぞれの国家が膨大な国債を発行するなどして市場の損益を補填しようとしているに過ぎないようだ。 
 日本でも53兆円の資金を使い必要ならば、株をすべて買い上げるような政策が検討されている。これは通常の資本主義の終りを意味し、国家が経済を統率するという社会主義的な構図に移行しつつあることを意味する。国としては、今の時期威信を高める必要がある。

 グローバルな資本主義経済が破綻し、それを国家が補償するという形で吸収していけば、残るのは国家間の利害の対立であり、ブロック経済圏の出現となる。
 
 この先さらなる強力なパンデミック(今回のものではなくとも)が起これば、いくつかの国で国境閉鎖、鎖国という自体が起こる可能性もある。日本では輸入をストップすれば、国内の食料をまかなえない。輸入なしで、いったい一億人がどれくらい生存できるのだろうか。
 これは困った事態だが、国家や資本の管理者にとっては、民衆を恐怖で封じ込めることができるし、パンデミックの名のもとにある種の「統一性」、一致団結してこの驚異に立ち向かおうという空気を醸成できる。実際人間は巨大な敵を目の前にすると、簡単に団結する事が出来る。
 食料や、必要なものを支配されれば、人は権威に頼るしかない。 

 このように、僕には、経済危機も、パンデミックもどちらも「国家の優位」というのだろうかそのような、方向性を持っているように思えて仕方ないのだ。
 ただ経済危機のみならば、そこは新しい命をはらんだカオスだけが生まれる。
 ひとつのシステムが破綻すれば、人は新たなムーブメントを求めたり、政治運動を起こしたり、暴動も起こる。またそれこそ自給自足のようなことをはじめたりする人も多くなる。以前のような社会はもうごめんだからだ。これでは管理を維持したい人間からみれば、収拾がつかなくなる。

 そこで必要なのは、ある種の「脅威」なのだ。
 その脅威が生存の危機を感じさせるものであればあるほど、人は以前のシステムへの不安や、新しい価値の創出などよりも、命あってのものだねで、既存の国家システム、また医療、メディアに依存してしまいやすくなる。
 パンデミックは、その「脅威」として使用されている、また使用される可能性があるということだ。

 以上のことはすべて暇な僕の頭の考えた妄想だが。

 でもホント早く、自給村をたくさん作らないと・・・。
 
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テレビが写さない真実~金融マトリクスからの覚醒 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2009/04/28 18:33
コメント
3.11以降、3次元世界では、残念ながら「妄想」ではなくなりましたね。
慧眼に敬服。
深海魚様、ありがとうございます(*・ω・)*_ _))

衝撃が走る確信はありました。でも今思えば妄想ですんでた頃がなつかしくはあります。世界って一瞬で違うものに変わり得るんですね。。。ということを3・11で実感しました。

食物の自給や、非常時のコミュテイ、政府に依存せず全体として備えねばならない方向性はわかるのですが自分が何から手をつければいいのかわからず、流されてる感がたまに歯がゆい時があります。

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