日月神示 春の巻

  第十帖

  一切のものはウズであるぞ。同じことくりかへしているように、人民には世界が見えるであろうなれど、一段づつ進んでいるのであるぞ。木でも草でも同様ぞ。前の春と今年の春とは、同じであって違っておろうがな。行き詰まりがありがたいのぢゃ。進んでいるからこそ、行きあたり行き詰まるのぢゃ。省みるとき与えられるのぢゃ。さとりの時与えられるのぢゃ。ものは、はなすからこそつかめるのぢゃ。固く握って戸閉めていてはならんのう。扉開けておけと申してあろうが。着物脱いで裸体となることつらいであろうなれど、ぬがねば新しい着物きられんぞ。裸になってブツカレよ。神様も裸になってそなたを抱いてくださるぞよ。重い石のせたタクアンはうまいのであるぞ。

 第十三帖

 自分はよいが、世の中が悪いのぢゃと申しているが、その自分省みよ。自分が神の理(ミチ)にあり、真実であるならば、世の中は悪くないぞ。輝いているぞ。自分に降りかかってくる一切のものは最善のものと思へ。如何なる悪いこともそれは最善のものであるぞ。この道理よくわきまへて下されよ。真の神を理解すれば、一切の幸福得られるのぢゃ。世を呪うことは自分を呪うこと。世間や他人を恨むことは自分を恨むこと。このこと悟れば一切はそこからひらけくるぞ。十のもの受けるには十の努力。

 第十六帖

 あなたまかせ。よい妻と申してあろうが。神まかせがよい人民であるぞ。この神とみとめたら理解して、任せきれよ。太元の神さまにホレ参らせよ。真の信仰の第一歩ぞ。雨降らせば雨を、風ふけば風を、一先ず甘受せよ。甘受したあと、処理していかなならん。受け入れずにハネ返すのは大怪我のもと。何回でも何回でも同じこと繰り返さねばならんことになるぞ。何か迫りくるのは、何か迫りくるものが自分の中にあるからぞ。内にあるから外から迫るのぢゃ。自分で呼び寄せているのぢゃ。苦しみの神。因果の神呼んでおいて、不足申しているもの多いのお。自分で呼び寄せながら嫌がってハネ返すテあるまいにのう。

 第二十一帖

 オーヒツキ大神としてのこの神は一柱であるが、働きはいくらでもあるぞ。その働きの名がもろもろの神さまの名ぢゃ。無限であるぞ。このほう一柱であるが無限柱ぞ。すべてが神であるぞ。一神ぢゃ。多神ぢゃ。汎神ぢゃ。総てが神ぢゃ。喜びぢゃ。始めから全体をつかもうとしても、それは無理と申すもの。手でも足でもよい、どこでもよいからつかめるところからつかんで御座れよ。だんだん判ってくるぞ。全体をつかむには全体と同じにならねばならん。その人民人民のつかめるところからつかんで参れよ。このほう抱き参らせてやるぞ。マツリから出直せよ。天地見よ。大きマツリいたしておろうがな。霊と肉のまつり第一。頭とハラのまつり結構。二二のマツリ、出船の港ぢゃ。奥から来るものは喜びぢゃ。念ぢゃ。力のもとぢゃ。生きの生命ぢゃ。神さまにはハラを向けなさい。

 第二十二帖

 宇宙の総てはこの神の現れであり、一面であるから、そのどこつかんで拝んでもよいのである。そのどこつかんで、すがってもよいのであるぞ。水の流れも宗教ぞともうしてあろう。総てに神の息、通うているぞ。一本の箸拝んでもよいのぢゃが、ちゃんとめあて、よいめあて、きめねばならん。内の自分に火つけよ。心くらくては何も判らん。世の中は暗う見えるであろう。真っ暗に見えたら自分の心に光ないのぢゃ。心せよ。自分光れば世の中明るいぞ。より上のものから流れてくるものにまつりて行くこと大切ぢゃ。それがまつりの元。それが宗教ぢゃ。宗教は生活ぢゃ。生活は宗教ぢゃ。裏と表ぢゃ。

 第三十帖

 宇宙のすべてがつながりであるぞ。石でも水でも草でも木でも動物でもすべてがつながりぢゃ。手と頭のようなもんぢゃ。拝み合へよ。親しみあへよ。和せよ。和すと自分となるのぢゃぞ。自分、大きく、明るくなるのぢゃ。豊かにうれしうれしぢゃ。赤いものの中にいると赤くなって行く。理に向かっていると、いつの間にか神の気いただくぞ。神の光いただけるのぢゃ。二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいでは理判らん。神はわからん。体験せねばならん。一方的では何事も成就せん。もちつもたれつであると申してあろう。

 第三十六帖

 何事に向かってもまづ感謝せよ。ありがたいと思へ。始はマネごとでもよいぞ。結構と思へ。幸と思へ。そこに神の力加わるぞ。道は感謝からぞ。不足申せば不足うつるぞ。心のままとくどう申してあろうが。病気でないと思へ。弥栄と思へ。病治るモト生まれるぞ。キがもとぞ。何事くるとも何クソと思へ。神の力加わるぞ。おそれはおそれ生むぞと申してあろうが。一聞いて十さとらねばならんぞ。今の人民には何事も平面的に説かねば判らんし、平面的では立体のこと、次元の違うことは判らんし、ハラでさとりて下されよともうしてあろう。

 第五十二帖

 まことの光の道に行き、進めよ。ここぞと見極めたら、理解に向かってひたすらに進まねばならん。理窟いらん。宇宙はこの方の中にあるのぢゃ。このほうぢゃ。世がだんだん迫って悪くなるように申しているが、それは局部的のこと。大局から見れば、よきに向かって弥栄えているぞ。夏が暑いと申してブツブツ申すでないぞ。秋になるぞ。冬もあるぞ。冬ばかりと考えるでないぞ。やがては春が訪れるのぢゃ。いづれも嬉し嬉しとなる仕組み







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日月神示 | コメント(2) | トラックバック(0) | 2009/07/05 15:44
コメント
素敵なブログですね、ありがとうございます。
No title
  こざる様

 ご訪問ありがとうございます♪コメントいただき、ひさしぶりにひふみ神示の言葉を読み直せました(〃'▽'〃)今後ともよろしく~!


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