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生きているもの

  むみょうあんの廃墟シリーズを中野のまんだらけで売ると、4冊で1600円にもなったので、ポトスの鉢ふたつと、なぜか『トウガラシ』を二鉢買った。食べると辛いのでなにかアッパー系なのではないかと勝手に想像wしかしまんだらけ本売るのにいいな。ブックオフより全然高く買い取ってくれる。

 香辛料系は意外と魔よけになったりするのだろうか。
 吸血鬼はにんにくキライだし。
 いやーでも、吸血鬼がバラを持つと枯れたり、にんにくをいやがったりってもしかするとすごく植物の性質こついて学ばせてくれる伝承かもしれないな。

 バラは枯れてしまったのでサバイバーは、サボテンとにちにち草、それにポトス2、トウガラシ2。

 バラをたくさん買ったときに気づいたのだけど、花って集まるとこんなにエネルギーが強いのかとあらためて驚いた。なんかむせ返るというか軽く酔いそうになる。その『陽気』みたいなものに自分のなかの何かが抵抗している感じも。ポジティブすぎる元気な人がいっぱい集まっているような場所で、なんか一人になりたい~とかそう思うような感じと似ているような。

 しかし、そう感じるくらい自分と植物の間にはっきりと気の交流みたいなのものが存在するのがなんとなく感じられて面白い。
 生きてるものが部屋の中にあると、こんなに感じが変わるのかと改めて思った。
 今までたまに気まぐれで花の鉢を買ったりしたことはあったけど、こんなに大量に植物を部屋に置くことはなかった。その存在感や、生命力みたいなものを改めて感じると生きてるものってすごいな~と思う。

 相変わらず、夜は蛍光灯は消して玄関の明かりだけにしているけど、昨日は岩塩キャンドル立てにろうそくを入れて火をつけてみた。
 火が揺らめいて、まばたきしている。
 火がある。
 火が生きている。

 少なくとも蛍光灯などの普通の照明よりは、そこにある『火』は生きた存在として感じられる。
 『火』にもなんらかの命が宿っているのかもしれない。
 それがそこに燃えていることで、なにかリアルな力の存在がある。
 火をともすことで、ひとつのリアルな力が出現している。
 昔はランプを使っていたのだろうか。
 それは常にまたたいてはゆれて、家具や人の影を揺らめかせ、空間を呼吸させていたに違いない。
 それは安定感のある照明ではなかったかもしれないが、あたたかかったのではないだろうか。

 現代に生きる人は、魂のない空間に囲まれすぎているのかもしれない。
 オフィスで働いているときになんでこんなに全部がつるつるしてるんだろうと急に違和感を感じたことがある。この机にしても木の机にするだけで、ずいぶん職場に潤いが出るのになとか思った。

 昨日、眠りに落ちる前、I先生が僕に一枚の写真を突き出しているイメージが見えた。

 どこかの森の中で大きな木があって、幹の間から太陽が輝いていた。

 屋久島か、北海道か、信州か
 どこの森かはかわからないけど、いつかそんな森で暮らすような時間を持ちたい。

 090815_1716~01

 不動明王ならぬ、トウガラシミ明王様
 
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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/08/15 21:49
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