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あわただしき帰省、あるいは京都不思議紀行②

  12月6日続き 

 弟の部屋で濃い話しを母と3人でしたあと、出町柳から京阪電車に乗って、大阪の枚方(ひらかた)市まで。
 駅の改札で友人のS君と待ち合わせ。
 約6年ぶりの再会。
 駅前の笑笑へ入る。日曜日の夜と言うこともあり、客他にゼロ。
 S君は昔実家の隣の家に住んでいて、よくお互いに部屋の窓から出て屋根から、隣家の屋根に飛び移って部屋を行き来していたこともあった。
 中高と一緒に学校に行っていたけど、一緒に学校をサボったことも数知れずあった。
 寒い冬に自転車で登校中、氷にすべってつっる~~ん♪と自転車ごと転倒し、めっきりブルーになったあとどちらからともなく、

 「やめるか?」

 「やめようか」

 という話になり、S君の家に戻って半日テレビゲームをしたり、くだらないボードゲームをしたりして過ごした。
 結果S君はイエローカードをたくさんもらい、僕はあと一日休めば単位を落とし留年するというレッドカードをほぼ全教科獲得した。えっへん(僕は昼休みに、グラウンドのフェンスに開いた穴から何回も勝手に自主早退していたので)
 僕はS君は将来フリーターになるのではないかと思ったこともあったが、現在理学療法士として働き、二人の子供のパパになっており、どちらかというと僕のほうがフリーターである。
 なかなか家庭があるとこちらから連絡をするのがはばかられるというのもあり、ここ数年会っていなかった。

 でも夜の黙想中にふとS君のことを思い出し、昔を回想し、ああ、やっぱあれって友達やったな~と感じひさしぶりにメールをしてみたことがきっかけで会うことになった。

 卒業したあと、僕は高知の大学へ、S君は大阪の専門学校へ進路が決まり二人とも家を出ることになった。
 僕が高知へ行く前に、S君と、もうひとり共通の知り合いのH君という人と一緒にS君の部屋で初飲みをした。
 3人とも酒に慣れてないので、べろべろになるまで飲んだ。
 S君が酔いつぶれたH君のズボンをおろして、「こいつのち●こ、めちゃくちゃでかいから見てみろって~」と言い出して、僕もどれどれと見物し「あー確かに、確かに」「な、そうやろ」とぐでんぐでんの意識でH君のいちもつを二人で見ていた記憶がある。
 S君はH君のいちもつに「S参上」とマジックで落書きをした。
 そのあと、自分の足で歩けないH君を二人で家まで送り届け、実家の前でしばし立ち話した。
 どんな話しをしたのか覚えてないけど、18の身空で生きることに対して超悲観的になったまま一人暮らしをはじめようとしている僕を励ましてくれたような気もする。

 「頑張るしかないよなあ」と言うとS君は

 「当たり前やんけ」と言っていた。

 きれいな細かい雨が降ってた3月の夜だったことは覚えている。
 そのあと大学のときは、孤独な時間を過ごすことが多く、その孤独を掘り下げるしかなかった結果、自分の世界が出来ていった。そのすべてを今S君と共有することは出来ないかもしれないが、10代のときの共通の記憶を持っているということ自体がとても貴重なんだな~といろいろな話をしながら思った。
 という風に感じるのはやっぱ少し大人になっちゃった(年取った)せいかもしれない。 

 二人の子供になつかれて、両側から抱きつかれて眠るという話しを聴き、この先もできるだけいっぱい子供たちとの幸せな時間を楽しんで欲しいなと思った。
 お互いに与えられた、人生の望みとそして現実の中で、その形は違っても、どこかでつながっているものを感じた。

 「楽しかったわ~」

 と言ってくれるS君と
 駅で握手して、手を振ってそれぞれ別のホームに向かった。
 

 12月7日

 家族別々に住んでるので、今夜は父の家に、弟(下)と母となべを囲む。
 父の書棚には、相変わらず霊界関係のものが多い。
 おー丹波哲郎もある。
去年くらいに注目を集めていたリサ・ランドールの宇宙論の本とかもなにげにあった。
 僕は読んだことがないので、「シルバーバーチの霊訓」なるものを手にとってぱらぱらめくってみた。
 父親が

 「それ嘘やろ?」と言う。

 「嘘と言う割にはたくさん、集めてるな・・・」

 「いや嘘やていうことがわかってきたわ」などと言うが、去年も同じようなことを言っていた気が。

 弟が、彼の師匠超人M氏に会って、僕が『神様と共に生きたいと思っている』と言ったという話しをしたらしい。
 以前、超人M氏に弟が『兄は悟りを目指してます』というと、「それは厳しい、難しい道やね」と
言ったらしいけど、今回は『それはええ方向に行ったはるな~』というコメントだったらしい。

 正確には悟りを目指してたことははないかもしれないけど、体験に固執していた時期はあったかもしれない。
 M氏に会ったことはないが、ちょっとうれしくなったりした。
 弟が父のPCを立ち上げて、M氏の動画を見せてくれた。
 M氏がやる予定の英会話教室のプロモーションビデオだった。
 うーんと唸らされる。
 英語はもちろんすごいのだが、ネイティブ的な表現力とか、演技の才能、存在感がいかしてる。
 かなりかっこいい感じだ。

 それがこれだっ!1,2,3

 

 ちなみにこれ撮影して字幕つけたのは、弟
 ええ仕事しとるな~(笑)
 
 「ネットで受講できるんやったら、やってみたいなー」と僕が言うと

 「訊いてみようか?」と弟

 いろいろ出来るけど、「こころがすばらしいんや」と弟がM氏のことを語る。
 氏が洗礼名をイエスの父であるヨセフにしたのは、もっとも神秘的なところのない人間的な人物であったからだと言う。

 その後、弟と父が量子力学について、いつ終わるともしれない議論をし始め、時間いっぱい終了となった。

  それにしてもこの瀧セージなる人物、いつかメジャーデビューするのではあるまいか。

  瀧セージの英会話教室 SECOND FLOORはこちら(京都です)

  コース案内 (かなり激安)

 ここらへんにポリシー感じる↓よくある質問より


 キッズ英会話はありますか?また、これから開設する予定などありますか?

答→ありません。SECOND FLOORでは、幼年期におけるバイリンガル教育は百害あって一利なしと考えます。なぜなら外国語で思惟思索する能力は母語が確立している状態で可能だと考えるからです。幼いころに両言語をある程度話せるということは、深く思考する言語がない状態で大人になるということです。SECOND FLOORは、幼児期の英会話教育に関して警鐘を鳴らし続けます。

 

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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2009/12/09 20:56
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