半眼歩行と広い世界(-人-)

 なぜかよくわからないが、ヘルパーの仕事で国立へ行く時は、利用者の人の家まで半眼で、聴覚だけを澄ませながら歩いていくという習慣がつきつつある。

 多分駅からずっと一本道で変化がないので、目を開けてても閉じててもほとんど変わらないからかもしれない。
 ぼーっと歩いていると代わり映えのない風景にハイウェイヒプノーシスみたくなってくるので、いっそのこと目を閉じて歩いてみようかと言う気になる。

 目を閉じて聴覚だけに意識を向けていると、軽い瞑想状態になりやすい。
 とりあえず職場に向かう途中で車に跳ねられても迷惑かかるので、まぶたは三分の一くらいは開けておく。

 聞こえる音

 中央線沿いなので、数分おきに電車の音
 車の音
 バイクの音
 コツコツというアスファルトを叩く靴音(いろんなリズムがある)
 遠くで救急車のサイレン
 すれ違う自転車の音は、ライトを点灯してるものとしてないもので音が違う。
 ライトを点けると、きゅいんきゅいんという発電機がタイヤにこすれて回転する音がする。
 マンションがたくさんあるのでエアコンの室外機の音は結構割合が大きい。

 なるべく注意を、知覚の閾の辺縁部に集中して、感じそうで感じない音を意識的に拾ってみる。

 コンクリートのふたの下側溝を流れる水音が、聴こえる。
 
 建築現場でまだ作業をしてる人がおそらくスコップのようなもので、砂利のようなものをすくってる音がする。

 帰宅した人が玄関の前で鍵の束を取り出し、それらがじゃりじゃりとこすれあう音、そして鍵が回る音。 

 横に引いてひらくガレージの戸が開き、そこから自転車が道路に飛び出してくる音。

 空気の振動だけから成る、聴覚だけの宇宙があることがはっきりわかる。

 目を開ければこれに視覚が合成され、僕の仮想現実を作っている。
 でも目を開けているときのほうが雑念が多い。
 多分普通の時は、モノを見ていながら、見ずの状態でマインドの中に入り込んでいる。
 でも目を閉じると視覚に頼れないから、感覚を研ぎ澄ますという方向に注意がいくのだと思う。
 
 家で目を閉じて瞑想する場合、安全なので特に他の感覚を働かせる必要はない。
 だから、雑念がたくさん出る時は、出る。

 夜勤が明けて、今日もいい天気+寝不足で若干ナチュラルハイ(´゚∀゚`)ぼけ~
 寝不足のまま昨日の続きやってみる。
 
 半眼(-人-) 歩行

 なんか起きてんだか、眠ってんだが、歩いてんだか。
 おーっとっと。みなさん、僕にぶつからないよう気をつけてくださいヾ(´ー`)ノ
 拙者、今、心眼のみでござる(ΦωΦ)フフフ・・

 このまま吉祥寺へゴー。
 街に出るとすぐ疲れるほうだが、心眼のみだとあんまり疲れない(`・ω・´)シャキーン
 多分、ほとんどの情報をカットしてるからだろう。
 あまり意識はしてないけど、街中で何か見ると無意識になんかのレスポンスをマインドが行ってるんだと思う。
 そのレスポンスが次から次へと発生して来るので、多分疲れるんだろう。
 視覚を閉じるとそれがうまれないので、すっきりする。

 視覚を使わないことで、吉祥寺の90パーを完全シカト(*`д´)
 まあ、これはこれで楽しい。
 そこにいていないような感じが。

 そのままカラオケで絶叫するヾ(#`Д´#)ノ

 

 うわあー。゚(PД`q。)゚。最近はまってる


 ・・・眠いからかえろ(´-ω-`)コックリコックリ

 地元の駅についてやはり半眼のまま歩いていくと、駅前を過ぎ、静かな玉川上水の辺りまで来ると空気の味、というか匂いが変化するのがわかった気がした。

 そして何かとても巨大な空間に包まれているという感覚。
 多分誰でも海にヨットで出たり、砂漠に行けばそんな大きなものに包まれている感じがする。

 でもこれって実はおかしな話で自分を包む「空間」の巨大さ自体は、どこにいようと変わらない。
 じゃあなんで海とか、砂漠が広大さを感じさせるかと言うと、どこまでも見渡す限り等質に広がり、それ以外に何もないからだ。だから視覚は、その中で降参する。そして沈黙に耳を澄ませるのだ。

 視覚は対象を追い求めるものだが、この巨大な広がりを感じるというような感覚はパッシブなものだと思う。
 むしろ聴覚のほうに共通点があるんだと思う。

 目を開けていれば、視覚は例えば、目的のスーパーと自分の距離とか、次の信号が赤になる前に渡る、だとかせまっこい世界をいくつも作り上げる。そして食べ物屋の看板があれば、あの店うまそうとか、あそこは高い割りにいまいちだったとか、AUショップがあれば、あ、そろそろ機種変しようかとか無数のレスポンスを行う。

 目を閉じて感じることは、いわばそういう自分の視覚が作り上げる世界を一時的に捨てて、受動的に全体性を感じてみるということかもしれない。その時に世界の「広がり」が感じられる。

 いい意味で『一人きり』になる感覚をちょっと感じた。

 

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知覚、リアリティetc | コメント(5) | トラックバック(0) | 2010/01/15 15:33
コメント
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 危ないので、あまりお勧めではないです。僕もラーメン屋ののれんに頭を突っ込んでしまいました(´-∀-`;)匂いにひきつけられたのではないですけど( ^∀^ )

 良い音楽とか、こういうの聴くのもいいかもしれないですねえ。(僕は未体験ですが)

http://www.amazon.co.jp/Insight-%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88-CD~%E9%9B%A8%E9%9F%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3~-Immrama-Institute/dp/B00074XIHQ/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1263777210&sr=1-1
 
 大変なお仕事ですね。リラックスする時間を大事にされてくださいね!(●^_^●)♪
 
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歩くときは瞑想タイム
>目を閉じて感じることは、・・・・・・・・・・
 その時に世界の「広がり」が感じられる。

私もそう思います。
私は歩いてるときは、ほとんど瞑想タイムのつもりです。

>いい意味で『一人きり』になる感覚をちょっと感じた。

最近、人との関わりが多くなったので、
よけい『一人きり』になる感覚を大切にしようとしてます。
とても大切な時間ですよね。
ガメラさん、こんにちはv-421

まだまだボンノーが多いせいか目を開けてると、いろいろなところに目が行って疲れてしまうことしばしばです。なんか~頭が重くなるんですよねーこれって気がのぼちゃってるのかなーと。

音楽を聴く感じで歩けたら、よいですよね☆

2010年、僕も少しだけ人とのかかわりが多くなってきたので、バランス感覚を大事にしたいと思っています!


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