アカシャの空

                 アカシャの空

               ~奥谷博の絵に寄せて~


             okutani.jpg





 果て無き豊饒
 果て無き不毛
 
 微風に揺れる花園を 
 歩き疲れた
 アカシャの旅人はいつも
 この冥い空を見上げる

 死が周りにはびこり
 憩うところもない
 赤いガレキの谷間を
 ただほのかな光に誘われて
 僕らは旅していた
 地表に積み上げられた
 見捨てられ腐りゆく
 収穫の魚たちから肉を切り取り
 分け合って飲み込んだ

 白い蛾が飛び交う
 泥に覆われた沼地で
 餓鬼達は腰を半ばまで
 泥に埋め 顔を覆い
 天を仰ぎ 嘆いている
 救いは決してこない


 僕らが目指して歩いているのは
 ほのかな光を放つ
 あの天空高く伸びる
 貝塚
 塚は金星の光を浴びて
 毎日少しづつ天へ伸びていく
 アカシャに住む生き物の骨を
 肉として
 
 僕らは岬に出た
 眼下の海面では
 恐ろしく巨大な渦が
 回転していた
 水は清らかだ
 命を育みつつ
 決して命にはならない
 清らかに命をふたたび呑み込む
 光る貝塚はまだ遥か彼方に
 そびえている

 『100年待てば アカシャの空からも
  慈悲の涙が流れようや』

 君の耳を噛みながら語る寝物語は・・・・

 『共に骨となりましょう。
 生き変わり 死に変わり
 いつかあの明星に届くまで』

 君の目に燃える欲望は・・・

 なんと美しい世界だろう 
 ここには何もない
 なんと気高い
 奴隷たちだろう
 あてもなく歩くその姿は

 今日も暮れゆく
 アカシャの空が誘う痛み

 燐光に燃える蝶
 跳ね上がる海老
 月の花園

 果てなき豊穣
 果てなき不毛

 僕の両手




                                     2000年頃                   




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詩集1(Birth) | コメント(2) | トラックバック(0) | 2012/10/28 22:43
コメント
灰たかさんの宇宙終末風景はいつもいいですねえ。
このひとの絵もしりませんでした。気になる。
さておき、わたしは今、2013年のシュタイナーの黒板絵のようなものをさしせまった覚醒のための宇宙科学としてつくってます。するといろんな宇宙知性由来の叡智が水のように流れ込んできますが、やはりその最大のひとつはオコツト・半田の<シリウス革命>ですね。しかしだが、この完璧すぎる知性の概念体は、それ自体、<反映>の<対化>を産む。それは水木鈴子さんの<花>ではないかとおもいます。

または、灰たかさんの詩の言葉がもつ肉感のようなもの。

みずから命にならずに
はぐくむもの
Re: タイトルなし
 Varis様、いつもありがとうございます~~!
 
 奥谷博さんという方高知出身の画家みたいです。初めて絵を見たとき、ぬらっとするような生々しさとか、清らかさみたいなのを同時に感じこの詩のイメージが浮かびました。奥谷博さんで画像検索すると作品いくつか見れますよ。

 オコツトすごいですね。一回ハマると、あの世界に頭を持って行かれそうになるので、最近ちょっと距離おいてますが・・・果てしなく広がる銀河が人間的認識の幻影だとか、スリリングですね~

 「2013年のシュタイナーの黒板絵」というのもいろいろ想像力を掻き立てられますね!また拝見できるときを楽しみにしてま~す♪ 


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