坂本繁二郎の絵と、日常にある透明感。

 夜寝る前に思考をスローダウンさせるために絵を眺めるのもよいのではないかと思い、古本市で買った坂本繁二郎の画集をめくってみた。

 一つ一つの絵に時間をかけて、数分間づつは見つめて見る。

 坂本画伯の絵は、全体的に輪郭があいまいで、ぼわーっとしてるのが多いんだけど、その中に透明感というか光がすごく感じられる。日常の光景・・「馬」とか「能面」、「月」を描いた絵が何枚もある。

 じっと見ているうちに、そのぼわっとした絵が描いてる光景がものすごく鮮明に脳裏に浮かび上がる感じがして不思議だ。

 いつのまにか眠くなって昨日は寝てしまったけど、今朝目が覚めるとまた布団の中で枕もとの画集をめくって見た。

 ひとつ思ったことは、僕らは輪郭の鮮明な、具象的なものに慣れすぎて頭の中がそういうイメージで満たされているのではないかということだった。
 線があるようでない、とか、なにかよくわからない、とか、あいまいな薄い色とか、そういうものではなく、出来るだけ効率的に人の目を引き付ける音や、激しい色と形があふれている。

 あいまいさ、茫漠としたもの、かそけきものは注目されない。
 注目されないというか、注意の焦点ではなく背景に追いやられてしまうのだろう。
 だが、薄明かりの下では見えるけど、強い光の下では消えてしまうものもある。

 その薄明かりのあいまいさが、心の中で反転した時に、どんなものよりも鮮明な透明感にあふれる光景が浮かび上がってくる。
 それは必ずしも珍しい場所や、ドラマチックな光景ではなく、日常の中にある透明感だ。
 
 この透明感はいつもあるのだけど、具象的イメージによって塗りつぶされた僕らの「認識の枠」のために意識されずらいのではないかと思う。

 その透明感というか明るさは、時間を越えて普遍的に存在してるように感じられる。

 よくショッキングな体験をした人などは、認識の枠が一時的に壊れるためにそのような世界に入っていくことがあると言われる。

 ありのままの日常が光であふれているような経験をするのだ。
 映画「送り人」の原作となった「納棺夫日記」には病を宣告された医師が、その帰り道に自宅の近所を歩いているとすべてが光に包まれていると感じたというエピソードが書かれている。

 「癌の肺への転移を知った時、覚悟はしていたものの、わたしの背中は一瞬凍りました。その転移巣はひとつやふたつではなかったのです。レントゲン室を出る時、わたしは決心していました。歩けるところまで歩いていこう。

 その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、わたしは不思議な光景を見ていました。世の中がとっても明るいのです。スーパーへ来る買物客が輝いて見える。走り回る子供たちが輝いて見える。犬が、垂れ始めた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが輝いて見えるのです。アパートへ戻って見た妻もまた、手を合わせたいほどに尊く見えました


                               納棺夫日記 P69~70


 そのような認識の枠が壊れた時には、今まで後生大事にしていたものがすべて砕け散り、かわりに意識のバックグラウンドにあったものが、自分を包み込むのかもしれない。
 それはやはり透明な明るさと共通するものではないかと思う。

 もともと坂本繁二郎という人の画集を買ったのは、ダンテスダイジが講話録の中でこの画家を高く評価していたからだった。


 雨宮大慈講話録 「君がどうかい?」より


 渡辺「画家の東山魁夷さんがいるじゃない。彼はかなり深いところにいっているような気がするんだけど」

 ダン「うん、いっているよ。いってるけどね、個性を帳消しにするという世界にまだ入れないでいるんだ。ちょうどね、個性と個性を超えた世界の線上にいるね」

 渡辺「究極の一歩手前?」

 ダン「うん、そう。まだ坂本繁二郎、能面や馬の絵を描いていた。あのひとはいってるね。もう亡くなったけど」

 S「画家じゃあどんな人がいる?」

 ダン「そうね。日本で言えば、まず雪舟だね。雪舟はいってる。帳消しの世界へ」

 渡辺「涅槃?」

 ダン「うん、涅槃。ニルヴァーナ。それから池大雅。彼もかなりいいとこいってる。富岡鉄斎。あとは今言った坂本繁二郎。」

 渡辺「横山大観は?」

 ダン「うん、横山大観もいいけど、やっぱり形式というものから抜け出るまでには至っていない。とても素敵で、個人的には好きな絵が俺にもあるんだ。それは俺が人間として好きなんだ。深さから言ったら坂本繁二郎だね。現代的な知性とか自意識とかニヒリズムをすべて知っていながら行き着いた人だからね。珍しい。」



 坂本繁二郎の絵をじっとみていると、いつも見過ごしている雑草と雑草の間にある、透明感、明るさ 「空」のようなものに触れ合えそうな気がする。


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知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2010/05/06 10:56
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