スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | --/--/-- --:--

水と音との関係性①

 フローティングシェルに入り、液体に身を浸し無重力の、肉体と外界の境界線が消えたような状態は、グロフがBPM1と呼んだ子宮内の記憶を彷彿とさせる。

 水はもっとも身近な異界であり生と死の扉である。
 人間の体の大部分は水分であると言うが、一方人は大気中でしか呼吸が出来ないため、水中はある意味では「彼岸」、死の世界そのものでもある。
 あの世とこの世の境界には、三途の川、あるいは「レテ」という忘却の河が流れておりその水を飲むと人は「こちら側」の記憶をなくしてしまう(と伝承される)。
 水は生命をはらみ、命を別の命へと変容させる。

 また水は再生の象徴でもあり、イエスの「誰でも水と霊から生まれなければ、神の国に入ることは出来ない」という言葉どおりにキリスト教の洗礼の際には大きな水槽に頭まで沈むというセレモニーをおこなうことがある。イエスを見出したヨハネは水によりイエスに洗礼を施した。

 息を止めて水中という異界に潜り、そしてまた顔を出して大気中の酸素を大きく吸い込む。
 この単純な情景にはなにか集合無意識の元型を強烈に刺激するものがある。
 それは生まれたばかりの胎児が、この世界の空気を初めて吸い込んで泣き出す時の記憶ともリンクしているからかもしれない。

 水の中で活動することはなにかエネルギーを解放するような作用があるようだ。
 水のそういう側面に触れるものとして
 フローティングシェル、アクアセラピー、スキンダイビング、スキューバダイビング、ドルフィンスイム、 

 などがある。

 しかし、ひとつ気になっていたことがあって、「水」と「音」の関係性はどうなのか?ということだった。
 水の女神である弁財天が、芸能や音楽の女神でもあるということは、音というものが結局は空気中の波、波動であるということであり、宇宙の想像がA U M という原初の音によってなされたということとも関係していると思うのだが・・。

 そういうことではなく、僕が今関わっていることにおいて何か「水」と「音」との関係性で理解することがあるようなそんな感じだった。水における癒しと、音による癒しが、なにか接触するポイントがあるような気がしていたのだが、それがなにかわからなかった。が、ひとつ謎が解けたような気がする。

 そのキーワードは 高周波 ということだった。

 ヒントは、最近知った「トマティスメソッド」という聴覚を使ったセラピー、能力開発技法にあった。

 トマティスメソッドは、言語の習得や、音楽的才能の開花、また言語障害のある人への治療、リラクゼーションなど多岐にわたって適用される。 トマティス流言語習得の理論を簡単に説明すると、まず日本語を含むそれぞれの言語には、『パスバンド』と呼ばれるもっともよく使用される周波数の帯域が存在している。日本語ならば125~1500ヘルツくらいの低、中音域、英語なら1000~3000ヘルツほどの高音域が使われている。

 日本人がなかなか英語をリスニングできないのは、もちろん語彙が少ないとかそういうこともあるのだろうが、日常使う日本語と英語の周波数帯域がかけ離れているからであるという。だからこの聴覚が低・中音域のみにフォーカスする習慣をいったんリセットして高音域の音も拾えるようにチューニングしなおすというのが、まあ簡単に言えばトマティス流の言語学習方ということになると思う。

 またトマティスではモーツアルトや、グレゴリアンチャントなど高周波帯域を多く含む楽曲を、「耳を開く」為に用いている。どうもよく「モーツアルトで頭が良くなる」とかそういう言葉を聴くけど、このルーツはトマティスメソッドにあるようだ。

 ストレスなどによって「耳が閉じている」と、ある帯域の音が聞こえなくなるので人との会話で聞き間違いや、聞き返しが多くなる。これは耳が悪いのではなく、耳が閉じているからだと言う。これはちょっと目からうろこの発想であった。人によっては高音域の方が捉えやすい人も居るし、低、中音域に敏感な人も居る。

 また「音」というのは人にエネルギーや、やる気を起させるものでもある。
 トマティスの本を読んでいて面白かったのは、耳は実はエネルギーのダイナモでもあるという箇所であった。

 実は耳は強い武器を持っています。それは一般にはあまり知られていませんが、耳は脳へ受信信号を送ると同時にエネルギーを発生する、脳のダイナモ(発電機)であるということです。脳のエネルギーは耳の機能から90パーセント、血液の運ぶ酵素やグルコースから10パーセントを依存しています。ちなみに、質素な精進料理の食生活をしている僧侶は、肉食を好む現代人よりも元気で、睡眠時間も短く、早朝の勤行に精を出すことが出来ます。その秘訣の一つはお経を唱えることにあります。読経によって自ら耳に音の刺激を補給できるために、頭脳はきわめて明晰で、長時間の瞑想にも耐えられるのです。難聴になると疲れやすいのはその証拠で、耳がバッテリーとしての機能を果たさなくなるからにほかなりません。
 耳の構造からそのエネルギーに関するメカニズムを見て見ましょう。蝸牛管内には聴細胞が密生しています。蝸牛管に振動が伝わると、この聴細胞が刺激を受けその刺激が電気的エネルギーに転換されて脳内のエネルギーを充填する仕組みになっています。強い耳にするにはこの聴細胞が健全で、ストレスを跳ね飛ばすくらい元気でなくてはならないのです。


 なんというか普通あまりエネルギーの発生源を「耳」とは考えないので、新鮮である。
 しかしよく読経はエネルギーを充電するのによいと聴いていたのだが、それは自分の声が振動となって脳を刺激するからだと考えれば納得がいく。(言霊的な作用ってのももちろんあるんだろうけど、振動を与えるって言ってもバーカバーカって唱え続けてたらダメそうだしw)

 さて、本題の水と音との関係性だけど、これを結ぶのはやはり「胎内」であった。 



スポンサーサイト
知覚、リアリティetc | コメント(2) | トラックバック(0) | 2010/06/12 21:16
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: タイトルなし
> 耳ですかぁ…勉強になります♪

ありがとうございます( ・∀・)
目下研究中で~す。

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。