ウォーキング・ウォーカー



引っ越しで舞い戻ってきたこのあたり、多摩湖まで伸びるグリーンロードがあり、朝夕には犬を散歩する人、ランナー、ウォーカーがたくさんいます。

 もーこういうのが いっぱいなんです!

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 あ、すみません、嘘です。
 こういうのはまだ近所では見たことはありません。
 つーかそんなとこ住みたくないわ。
 これは海外ドラマ『ウォーキングデッド』のウォーカーでした。(人肉を噛むのでバイターとも言う)

 デカくてグロい写真を張り付けてごめんなさい。
 
 現在シーズン5まで見ているので、ついついこっちのウォーカーを思い浮かべてしまいます。
  
 万が一どこかでであった時は、問答無用で顔とかを噛み千切ってきますので、迅速に脳を破壊してください!

 動きは遅いですが、大群で来られると非常にやっかいです。そういう時は、遠くに爆竹とか投げて気を引くと (もういいか)


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 ↑そうそう、こういうさわやかな方のウォーキングについて書こうと思ったのだった。

 本日うどん屋さんで昼食をとっていたところ、近くに座ったおばさんが

 「私毎日12キロ歩くのよ~、もう80なんだけどね。ちょっと前まで世界の山を登っていたの」

 なんて話してるのを聞いて、思わずまじまじと見てしまいました。ピンク系のウエアを着ててとてもその年齢には見えないので、ちょっとびっくり。まったくよぼよぼしてません。さすが70代でカンチェンジュンガにアタックするだけのことはあります。(そうは言ってないけど・・・) 

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 12キロっていえば、まあ、ゆっくり歩くと2時間以上かかりますよね。
 それ毎日って結構スゴイ。

 僕も一昨年、ロングウォーキングにはまっててたまに20キロ~30キロくらいよく歩いてたんですが、日々の日課としてはだいたい一時間未満くらいでした。そして、日によってはそれを30分くらいのランニングに置き換える感じ? 

 登山の経験薄で丹沢山系を縦走して、死にそうになったりもしてました。

 とろこが昨年はあまり、歩くことはなかったのですが・・・

 理由はわかりませんが、結構幹線道路が多い場所で、少し空気が悪かったのもあるかもしれません。

 しかしそんな話しをしてるのを隣の席で聴いていると、久しぶりにウォーカーとしての血がふつふつとわき立つのを感じました。 
 はためにはうどんを黙々と食っているようにしか見えませんが、静かに沸いているのです。

 1970年代生まれ♂が、1930年代生まれ♀に負けてなるものかと、気合を入れなんと本日は1時間歩きました。

 ・・・約半分やんって。いやいや、ウォーミングアップです。徐々に、徐々に

 ちょっと長めに歩くといつも気づくのですが、だいたい僕の場合、30分以降~調子がよくなってきます。

 最初はダルクても30分くらいすぎると体も慣れてきて、気分も程よく高揚した状態で、思考も心地よく回転するような状態になってきます。

 だいたい30分すぎると、そのあと、2時間くらいまではすーっと行けますかね。

 2時間~3時間くらいすぎると、なんとなく感覚がワイルドになってきます。
 うーん、これうまく言えないんですけど、「わしはちっちゃなことは気にせんきに!」みたいななんかそういう土佐の男みたいな感覚が出てくるんですよね。(あくまでも個人の感想)

 20キロくらい(4時間弱)になると、さすがにちょっと体が疲れたとかっていうよりも、足の裏とかが痛くなってきます。
 信号灯や、コンビニ、街角の風景がなんだか抽象的に見えてきます。21世紀都市型文明の典型的一風景のように見えてくるというか(説明が難しい感覚)
 
 30キロ~すぎるともう疲れてるのかなんなのか、なんだかよくわかりません。
 倒れそうとかほどではないけど、気持ちよくもない。少し頭がぼーっとしてくる。
 結構な確率で足の裏が水ぶくれています。

 今のところ、1日に歩いた記録としては40キロくらい。

 気持ちいのはやっぱり30分~2、3時間くらいがリミットかも。
 長く歩けばいいってもんじゃないと思いますが。
 でも15分、20分でやめるのは明らかにもったいないですね。

 僕は高知大学出身なのですが、かの大学には毎年冬に空手部が主催する「室戸貫歩」なるイベントがあります。
 これは大学から室戸岬まで、およそ90キロの道のりを一晩かけて歩くというもので、一般の人でも参加可能です。
 ただし翌日は寝込むらしい。
 あいにく僕は薄暗い部屋でヘルマン・ヘッセとか読んでることが多かったので(笑)、参加したことはありませんが。
 一回くらいやっとけばよかったかなと。 
 しかし、一晩で、90キロ。上には上があります。
 逆言えば、人間、それくらいはできちゃうってことですね~。
 完歩率はそんなに低くなかったかと。

 
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  ウォーキング・メディテーションというか、からだや意識の状態の変化を観察しつつ歩いていると意外と、長時間でも飽きずに楽しめたりします。 なんかたぶん、セロトニンとかそういうのが出てくるんでしょうね。

 40キロ越えの向こうにももしかしたら、第二、第三のウォーキングハイポイントがあるのかもしれません。

 去年時々お世話になったSE(ソマティックエクスペリエンシング)のH先生は、ウォーキングは地味にトラウマ解放にも役立つとおっしゃっていました。

 トラウマの問題は、逃走・闘争反応が固まっていることにあるので、それを解凍して生命力をよみがえらせていくためには、確かに足を動かすのは理にかなっていると思います。

 そんなこんなで、今日は、また長距離ウォーキングをやってみるきっかけを見知らぬ方からいただいた一日でした。

 ウォーキングデッドのウォーカーの恰好で、森の中をウォーキングするイベントとかあったら参加してみたいです。(ないか・・)



セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/03/14 20:20

マップ・オブ・ヘブン




  最近、かなり更新頻度が落ちていますが、実はまた引っ越しでバタバタしていました。

  去年の一月に引っ越したばかりですが、ちょっと諸事情あり。。。一年ほどでまた大移動。

  考えてみると2012年以降で、もう3回目になりました。

  ある意味変化が多いというか、路頭に迷ってるというかそんな感じもなきにしもあらずですが。

  3年半ほど暮らした都立小金井公園近辺にまた舞い戻ってきました。

  今、窓から見える東の方向には西東京スカイタワーが水色に光っています。明日は雨なのでしょうか。(これ天気によって色が変わるらしい)

  まだ一週間ほどですけど、やっぱりこの辺の環境が落ち着くな・・と。

  どうも近くに広い空間やグリーンが多くないとダメみたい。   

  そんなんで、引っ越しにともないネットもしばらく使用停止して、昔買った本を何冊か読み直したりしています。

  今はエベン・アレクザンダー氏の「マップオブヘブン」。




  臨死体験記として有名になった「プルーフオブヘブン」の続編です。
  前作に比べて体験記的な色合いは薄く、どちらかというと臨死体験や古今東西の神秘体験の意味するところの考察という感じです。

 それと、前作を読んでエベン氏のもとに寄せられた読者からの手紙が多数掲載されています。
 その多くは、自分もおなじような体験をしたという内容なのですが、これが結構興味深く、かつ心打たれるものが多い。  

 今回そのひとつを引用、紹介したいと思います。

 本文第6章 喜びの贈り物 より 読者からの手紙

 アレグザンダー先生

 娘のヘザーは1969年に、重度の脳性小児まひを患って生まれてきました。身体を起こすことも、話すこともできませんでしたが、周りのことすべてに興味を示し、笑い声もあげていました。本当によく笑っていたものです。長く生きられても12歳くらいまでだろうと言われていたのですが、娘は20歳まで生きて1989年に亡くなりました。息を引き取った次の日、娘の死を頭から追い払いたくて庭で芝刈りをしていると、どこからともなくやってきたオオカバマダラの群れが私を取り囲むように舞い飛んでいました。あれは霊的になにか意味のある出来事だったのでしょうか。私にはわかりません。

 話を先へ進めて、1995年に飛びますが、ベッドに入っても目がさえたまま、「神さま、どうしてあなたは私にこんな不幸な仕打ちをなさるのですか」と胸のうちで問いかけた時のことでした。そう考えると同時に、寝室の左手の隅に真っ白に光っている人影が現れたのです。それは娘に違いありませんでした。娘は私を指さしながら「パパ 違うわ。そんなことはないのよ、あれを見て!」と言い、右手を指し示しました。そちらを見ると、まぶしい白い光が渦を巻いているのが目に入り、光はたちまちにして部屋中を埋め尽くしました。ことばによる説明はなかったものの、その瞬間にいくつかのことがはっきりと腑に落ちたのがわかりました。その時に味わった至福の境地は、とてもことばになりません。

 娘は神様の天使となって幸せにしていることがわかったのです。残された私たちも、死後の心配などしなくてもいいこともわかりました。造物主の偉大さに比べれば、人間が理解していることは笑ってしまうほどちっぽけなものでしかないことも。あれは確かに本当に起きたことだと思っています。ですから、「神を信じていますか?」を聞く人があれば、こう答えています。

 「信じてるだけじゃありません。いささかも疑わずに神は存在することを知っているんですから」と。




 ■私は神を信じているのではありません。神を知っているのです

                       --カール・ユング 神を信じるかと問われた時の晩年の答え。

 またイラク戦争で重傷を負い、臨死を体験したナタリー・サドマンの言葉も大変興味深いです。
 同じく本文第六章より

 「肉体的な苦痛からは逃れられなくても、精神的な苦痛は避けることができる。仏教ではそのように教えられてきた。人生で経験していることの一部始終が自ら計画したことであって、臨死を体験し、人生には意味もあれば価値もあったことがわかると苦しむことなどできなくなる。

 黒こげになったトラックの血だまりの中で意識を取り戻し、激痛に耐えて胎児のように病院のベッドで丸くなり、麻酔の後遺症で内臓が出てしまうかと思うほど吐いたりしても(あれほどつらいことはなかった)、50年にわたってものが二重に見えてきたと言っても、臨死体験をしたときの喜びの感覚がやきついて離れない。  

 それは幸福感とは別の感覚だ。幸福感は、その時々の状況や環境によって生じているだけで、不変の内的な状態ではないように思える。気分がめいる、不安になる、恐れをいだく、イライラする、腹を立てる・・・私も状況や環境次第で不幸せになるが、同時にその状況や環境に興味をそそられ、場合によれば面白がりさえし、そのような場面をつくりだしたことや自分の言動、感情を眺めることができる。

 この世界に生きていることを四六時中幸せに感じているわけではないし、自分の置かれた状況を特別にうれしいとも思っていないが、意識をもって創造性を発揮しながら経験を探求すること、それ自体に伴う愉快さ、こうしていることの根底に流れる喜びは、どんなときにも忘れることがない
。」


 すべてがハッピーになるとかいうのではなく、どんな状況でも変わらない喜びがあるというこの意識は、より本質的な体験より生ずるものではないかと思います。









知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/03/13 20:33

僕の心をつくってよ 平井堅

 
  

 これからもこの先も 僕のこころを作ってよ・・・

 いい歌!

 映画ドラえもんのテーマソングなんですね。

なぜか涙せんを崩壊させる。

 ↑介助者と利用者のPVもこころあたたまります。

 また練習してみよっと^^

 全編は↓

 





好きな歌 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/03/11 15:57

思わぬ出会い



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 まだ寒いですが、青くて小さいオオイヌノフグリがもう咲いてることに気づきました。
 春を告げるこの小さい花が大好き。

 あ、てんとう虫までいる!

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 しかも二匹

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 吾輩はどこにいるのか・・・

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 しばし遊んでもらう

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 よいしょ よいしょ

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 にこっ(多分)

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 春先の素敵な出会いでした。

 三鷹  神代植物公園付近にて


私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/02/27 10:12

エリクサーを巡る断片

 

 ■ヴォイトレ続けていますが、ちょっと記事の統一性確保のために、いったん最近の歌関係は非公開に設定いたしました■






 さて、今回の記事タイトル「エリクサー」とは、一種の伝説的な万能薬で、これを服すれば不老長寿になる、いかなる病も治癒するというものです。ゲームのファイナルファンタジーシリーズでも、HPを回復するアイテムとして登場したと記憶していますが、その語源はイスラム錬金術にあるようです。詳しくは→wiki 

 では、実際にエリクサーは存在するのか?

 という問いを人類は長いことしてきたと思います。

 秦の始皇帝が幻の仙薬を求めて徐福をつかわせたことは有名ですが、数多くの権力者や大富豪、あるいは魔術師、神秘主義者、近代になっては医師、治療家がごく真剣にそのような魔法の霊薬を求めてきたと思います。

 僕には、そのような薬剤がケミカルに開発され得るかということに対しては、正直わかりませんが、『それ』はおそらくすでに実在していると思います。

 時々読ませていただいている、in deep というオカさんという方のブログで、ブルース・リプトン著「思考のすごい力」(the biology of belief)という本を知り、購入してだいたい読み切りました。





 著者のリプトン博士はスタンフォードやウィスコンシンで教鞭をとる細胞生物学者のようです。
 生物学者の観点から、思考やスピリチュアルな力が、細胞レベルに及ぼす影響などについて書かれています。

 その中の一章に「心は薬よりも力がある」という章があります。

 このタイトルは、医学で言われるプラシーボ効果について言及したものです。

 現代医学で使用されてる薬は、ケミカルなもので、それが体内で反応することによりいろんな病気の症状が抑えられます。
  しかし、薬には「治る薬を飲んだ」という認識が、実際に症状を好転させてしまうというプラシーボ効果が必ず存在します。 

 2002年、なんと抗鬱剤の効用は80パーセント以上がプラシーボであるというデータを載せた論文が発表されました。
 これによると、主要な6つの抗鬱剤の臨床試験においてその効果はシュガーピル(つまりプラシーボ)を用いたものとほとんど変わらなかったそうです。
 このような例は、抗鬱剤に限らず、すべての医療行為の周辺に存在するのではないかと思います。

 なんだか頼りになるお医者さんの顔を見たら、風邪のしんどさが軽快したとかいうことだとか、お母さんに痛いの痛いのとんでけーしてもらったら、痛くなくなっただといか、というようなことを含め

 著者はこのプラシーボ効果は、心(信念)自体が病を軽快させる力があることにより起こると考えています。

 僕が思うにプラシーボ効果には「儀式」が必要です。
 ある意味、その儀式内容はなんでもかまいません。

 お遍路をする、加持祈祷を受ける、リフレクソロジーを受ける、気功治療を受ける、パワースポットに詣でる、

 なんでも、それを「信じてさえ」いれば、プラシーボ効果をつまり自己治癒力を発現させるきっかけになると思います。 
 現代の医学では、その「儀式」が薬剤や手術だということになります。
 なんだか人間は、時代を越えて、神殿や病院や聖地の周りをまわりながら、外側のパワーという幻影によって自己治癒力を発現させてきたんだなと思うと不思議な気分になります。

 「儀式」そのものにまったく力がないというわけではありませんが、もしかすると、「儀式の効用」:「プラシーボによる自己治癒力の発現」を比較した場合、その比率は普通に考えられてる以上に、自己治癒力の比率が高いのかもしれません。

 普通は儀式10:自己治癒0と考えますが、この比が6:4とか、もしかすると5:5・・・それ以上という可能性もあるのでしょうか。

 ところで、「心は薬よりも力がある」という言葉、じっとこれを考えてると、「それは確かに、そうだよなー」とつぶやいていました。

 この著者は主に、信念が体に及ぼす作用はすごい、という文脈でこの言葉を使っていますが、

 このブログで何度も書いている、アニタ・ムアジャー二さんのケース。



 臨死体験後、数日で末期の末期だった全身に転移していた癌が、「完全」に「ひとりでに」消えてしまったというケースがあります。
 アニータさんは悪性のホジキンリンパ腫のステージⅣBでした。
 レモン大の腫瘍が全身にあり、肺にたまった水で呼吸ができず、腫瘍による血流障害のため顔全体が風船のようにはれあがった状態だったのです。
 それが、愛とエクスタシーにみたされた臨死体験を経て、意識を取り戻したあと、数日でまったく消えてしまいました。
 このケースはあまりにも奇蹟的であったため、コー医師という人によって徹底的に調査され、世界中のがん研究所に報告されていますが、同じような事例はひとつもないそうです。

 アニータさんは著書の中で臨死体験で経験した、「無条件の愛」の気づきが病を癒したと語っています。

 「心は薬よりも力がある

 この言葉を(信念だけではなく)広く解釈して、心、つまり精神的(spiritualな)なものは、薬よりも効果があるとするなら本当にまったくその通りだと思うのです。こんな風に奇蹟的な治癒を可能にする薬剤は存在しません。
 
 人間が求め続ける、霊薬「エリクサー」。

 それは一言で言うと、宇宙や神の属性である、「無条件の愛」だということになります。


 愛のない生涯は価値がない
 愛は生命にとっての水
 全身全霊を傾けて飲み干しなさい

                              ルーミー


                            




セラピー&ヒーリング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/02/14 17:49

Spirituality と、その他の欲求(必要性)③

  (続き) そのことでちょっと思うのは、ミドルからトップ部分の欲求を充足させるマニュアル、あるいは処方箋というのはたくさん出回っているということです。

 心身の健康で言えば、ヨガやピラティス、気功、その他の運動、各種食事法、各種セラピー、ヒーリング、薬剤、

 愛情欲求であれば、どうすればモテモテになるかというようなものから、対人関係の築き方、運命の人と出会う方法、

 自己実現‐自己超越であるならば 各種成功哲学、各種組織宗教、人生論、など様々です    

 個人的には、霊性、心身の健康、愛情・人間関係、豊かさ、ライフワーク、楽しみ・趣味 などの部分にトータルに意識的であることがバランスよく生きるために必要ではないかと思うのです。
 よく言われることですがどこかの部分が他よりも整っていないと、そのより低い部分のレベルに応じてしか人は生きることはできないという・・・これは事実ではないでしょうか。
 
 非常に有能な人でも、インナーチャイルドが常に泣いていると、私生活で人間関係を築くのが難しくなります。からだのエネルギーが低すぎると、天才的アイデアがあっても思うように動けません。
 霊性があまりに閉じていると、肉体と物だけがすべてで、互いにバラバラに意味なく存在しているということになり、限界ある物質的次元でしか物事を考えることができません。
 そのようなことですが。

 ですので、仮に人生学校のようなものをつくるとすれば、ホリスティック(全体論的な)なアプローチが必ず必要になってくるはずです。現代の学校教育で教えられるものは、かなり局所的な人生の断片なので、いろいろな弊害が生まれてるところがあります。

 でも、こんな風に情報自体はたくさん出回っているので、自分にあったもの(足りないもの)を取捨選択する能力があれば、バランスをとりもどして全人的なありかたを目標に生きていくこともできるはずです。

 ただ、これらはすべて現在の経済システムのボックス内でうまくまわることができる「商材」でもあり、そのため流通に乗りやすい性質があるものかと思います。それ以外のものは盲点に入って見えにくくなるのですが、それがピラミッドのボトム部分、呼吸であるとか、食、そして安全などです。

 まだまだこの国では、どうすれば食べ物を得られるかということよりも、どうすればお金持ちになれるか、どうすれば人気者になれるかという類の情報の方が魅力的に映ります。

 というのは、とりあえずはスーパーにでもいけばなんらかの食べ物は低価格で売ってるからですね。
 同じようにシリアとか、最近テロがあいつぐトルコ、ヨーロッパなどに比べると安全感もまだまだあります。

 だからどうすれば、食べ物を得られるか、どうすれば平和でいられるかということにはまだそこまで欲求がたかまりません。

 でも、ここんところ庭で野菜つくったりしてる人は増えてるみたいですね~ 
 僕も前の家ではじゃがいも植えたりしてましたけど、
 自分の部屋の真ん前の地面で食べ物が成長してるっていう感覚は、結構わくわく感がありました。
 庭がなくてもベランダでプチトマト作ったりとか、っていう方も多いみたいで、楽しそうです。

 師匠みたいに、コミュニティファームを作るというビジョンを持ってる人も多いでしょうし、水面下では単に売ってるものを消費して食べる生活から、自分たちで栽培したものを食べる生活に移行したいという<必要性>が動き出しているのかもしれません。

 僕は食べ物のように、「平和(安全)」も自給できる時代に入っていくことが必要だと思います。 
 どうすれば「安全・平和でいられるか」を説いた処方箋はほとんどないと思います。
 というのは、一般的認識として、平和というのはたまたま与えられているという感じだからなのでしょう。
 そして実際問題として、多くの人にとっては、戦後60年以上にわたる平和は「たまたま」なのだと思います。
 そうでなければ、安全保障とかそういうことではなしに、「外敵から身を守ることによる自国の平和」という、そういうレベルだけではなく、本当の「平和」とは何かという積み上げられてきた思索が一般に浸透しているのではないでしょうか。

 二発の原爆を体験した国として、僕らは本当はそれくらいの哲学は持っていてもよいかと思います。

 そして3・11を境に「安全感」が徐々に劣化しているような気がします。
 それは本当に少しづつ進行しているので、気づかずにいることもできるかもしれないのですが、「安全」が「とりあえず安全」とか、「ただちに危険はない」とか「ひとまず平和」に変わってきてます。

 だとすれば、日本人全体の欲求ピラミッドの土台部分がかなり不安定になっていることを意味します。

 どうも僕にはたびたび起こる嫌な事件や、社会になんとなくただよう「おかしさ」の原因のひとつはそれではないかと思えます。やっぱり立ってる土台が揺れてると、行動も考えも若干変になると思うんですよね。
 「安全感」を前よりも感じられなくなってきている、そこからいろいろなことが発生してはいないだろうかと。
  ヨーロッパ、そして日本でもみられる右傾化傾向は、失われた安全感への代償欲求なのかもしれません。
  この代償欲求が、お金や、他への攻撃や、支配や、従属やら、性やらにむかうと全体的に意識レベルが低下します。

  不安だからみんなでより集まり、意志を同じくして、一丸となり、外敵と戦うぜ! ということは一時的な解決にはなりますが、結局どの国もそうなると最終的にバラバラ、そして戦争になることは避けられません。  

 こういう時代に合って、首都直下地震の可能性もある関東に生きつつ、いつのまにか失われつつある2011年以前の日常感、安全感を充足させるにはどうすればいいのか。
 
 うーん、これは人によって答えも違い、簡単にこれという解答は思いつかない難問です。
 どう考えようと3・11以前の日々は失われたというのが、僕のからだが感じている感覚です。
 日々瞑想してこころの平和を!とかそういうことだけでは答えにならない部分がやっぱりある問題ですね。
 まーした方がいいとは思いますけど。
 人によっては瞑想中に西日本のほうへ移住しようと思うかもしれないし・・・・・いろんな選択肢があります。
 
 ただ戦争なき安全ということで言えば、結局答えは「霊性」にしかないような気はします。
 逆に言えば、僕らが霊性に目覚めない限りは、戦争はあるでしょうし、その他大小さまざまな争いは地球上で継続され、それによって不幸になる人がいるという現実はかわらないでしょう。

 欲求のピラミッドのボトム部分にある、安全感を担保するために、上層部にあるであろう「霊性」が必要というのはちょっとパラドキシカルです。
 衣食足りて礼節を知る、しかし、衣食足りるには礼節が必要なり、みたいな・・・そういうとこもありますが。

 霊性は安全必要→安全は霊性必要
 本当にそうだとすると、大昔から人類は動物状態のままであったと思います。
 成長の土台となるある程度の平和さを保つために、 きっと大昔から、現在に至るまで大いなる存在が平和を維持してくれていた部分もあると思います。僕らより進化した存在が土台部分を支えてくれていたと考えれば説明つきます。

 でも、「食」と同じように「安全」も自給できるような責任性が、今後は必要なのかなと思いました。

 
知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/09 21:02

Spirituality と、その他の欲求(必要性)②

  (続き)

  さてこれなんですが

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  米国の心理学者アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって成長する生き物である」という仮定のもとにつくりあげた、モデルの図として大変よく知られています。   

 見ただけでだいたい意味がわかるので、詳細な解説などははぶかせていただきます。というか、僕もマズローの原典を読んだわけではないのでパーフェクトに理解してません。 

 まー下から上に向かってだんだん欲求が進化していく感じ?(雑すぎる解説ね)

 これ見ると、安全欲求が満たされていないと、社会的欲求は出てこないのか?とも思いますが、マズローによると、というかウィキペディアによると、ある程度の充足があれば次の段階の欲求へと進んでいくらしいです。

 僕はこの階層モデルが正しいのか、ちょっと疑問点も多々あるのですが、人が求めるものを図示したものとしてとてもわかりやすいと思います。

 昨年に読んだヨガナンダの成功哲学の本に、こんなことが書かれていました。






 「成功を求めるなら、人は単に欲しいものではなく、真に必要とするものに集中しなければなりません

 (中略)

 あたなたのなければ困るという真に必要とするものは何か。

 身体、心、魂のための食物、家、繁栄、健康、集中力、記憶力、思いやりの心、友人、智恵、至福などは、人にとってなくてはならぬものです・・

 他者を霊的に幸せにするために、質素な生活、高邁な理想、内側の本当の喜びを育むこともまた真に必要なものです。 

 
・」

 このヨガナンダの言葉は、欲求のピラミッドのかなり広範囲、ボトム部分からトップ部分にまで及んでいます。

 人にとって欲は異なります。

 たとえば僕は車やバイクににほとんど興味がないので、金あったらフェラーリにのりてーなちくしょーとかは思わないんですが、お金があれば小型飛行機の免許とかはとってみたいと思うかもしれないです。

 山に登るのが好きな人もいれば、海の深みに潜ってみたい人もいます。建築設計に情熱を傾けられる人もいれば、どうすればオリジナルラーメンの味を高められるかで徹夜できる人もいるでしょう。こんな風に、違いを見れば人間ってバラバラなんですが、根源的欲求や必要性という点から見るとまったく違いはないとこの頃気づきました。

 すべての人が求めるもの それは自分や家族友人の

 ■心身の健康 

 ■ある程度の豊かさ

 ■愛し愛されること 

 ■自分の能力により世界に貢献できること

 この辺に凝縮されると言ってもよいのではないでしょうか。
 心あるラーメン屋さんは、お客さんにラーメンを食べて元気になってほしいでしょうし、心ある設計士さんは自分が設計した家に住む人がハッピーであってほしいはずです。

 自分は「病弱で、貧乏で、一人ぼっちで、役立たずなのが好きなんです」と心からいう人は皆無だと思います。 

 もしあるとすれば、うーん何か特殊な主義信条に従っているのか、超絶的M気質であるか?

 望まずそのような状況に陥って、「あー私はこの状況を受け入れ愛します!」と想うことはあると思います。でも誰も最初からそれを目指す人はいない、ですね。すくなくとも意識的には。

 無意識の信念、カルマ、成長のプログラムなどの部分で考えればまた違うのでしょうが。

 健康、愛、豊かさ、貢献、などこれらは欲求のピラミッドでは、ボトムの上~ミドル部分に対応すると思います。

 もしかしたらチャクラなどとも対応可能かもしれませんね。
 
 えーとそれで僕個人もボトム~ミドル部分をもう少し改善したいと思っております。

 さて、先日師匠が夜の集いで、「人間にとって一番大事なのは食うことっ!」と力説していたのを聴いたのですが、「食べる」はピラミッドの最ボトム部分。

 睡眠、性、などと並ぶ人間の3大生理的欲求のひとつです。他にも呼吸、排せつなど
 ここがないとそもそも生きていけないので、土台として一番大事といういい方は確かにできるかと思います。

 師匠の話しを昔から聞いていて、「食べ物は自分たちでつくるもの、この社会の立て直し方はそこからやるべきだと思う」という考えを知ってるのでそんなに違和感はありませんでした。

 それが結局、師匠のコミュニティファームづくりビジョンなどとも関係しているのだと思います。

 そのことでちょっと思うのは、(ここからこの記事の本題ですが)・・・

 ここでいったん終わりっ!w



知覚、リアリティetc | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/07 19:23

Spirituality と、その他の欲求(必要性)



  今年最初はまじめな文体で行こうと思います^^

本日は、自分にとってスピリチュアリティとは何かということを改めて考えていました。

  それで心の糧となった本を何冊か積み上げて、その共通点とか色合いというのを観察しました。

  悟りと言えば、インド‐ヒマラヤ系の書籍というのが多いかと思います。

  サイババ、ニーム・カロリ・ババ、ラマナ・マハリシ、ラーマクリシュナ、ヨガナンダ、ババジ、ヒマラヤ聖者、などなど

  そのあたりは自分も何冊かかじっていますが、この分野以外では

  臨死体験系 と ネイティブアメリカン系の数冊が近くの本棚に置いておきたいリストの中に入ってます。

  臨死系 『プルーフオブヘブン』 エベン・アレグザンダー『喜びから人生を生きる!』アニータ・ムアジャー二



  ネイティブ系 『グランドファーザー』 トム・ブラウン・ジュニア『ローリングサンダー』ダグ・ボイド 『太陽とともに生きる』ラモン&アリシア などです。



 さて、スピリチュアリティというのは何かということで、「オーラが見える」「霊感がある」「夢をコントロールできる」「欲しいものを引き寄せられる」「スプーンをぐにゃんぐにゃんにできる」ということを、スピリチュアリティではない!という気は別にないのですが、個
人的に考えるそのエッセンスとは次のようなものかと思います。    

 ■私の本質は意識体である(肉体ではない)という理解  

 ■すべての現象は根源の実在より、仮にあらわれているという理解

 ■「私(自我)」と「世界」を含むこの物理的世界は 宇宙的な錯覚、マーヤ(幻影)、バーチャルリアリティであるという理解

  ■私の本質はその、根源とひとつであるという理解 我即宇宙 or 宇宙を越えたもの

 ■恐れの超越、結果として恐れより行動しないこと 恐怖から愛へのシフト

 ■その<根源>を直接体験する以前には それを信じること 信仰

 ■智慧 愛 よろこび パワー 感謝 平和 笑い(超越的ユーモア)

 ■自他への優しさと理解、助け合い

 ■生命を敬う ガイア(自然界)との調和、共生

 ■「我神なり」の理解の付随物としての 超感覚的知覚 物質化 治癒 肉体の超次元化(イエスのアセンション)などの奇蹟 
 
 ■瞑想 祈り 静かな生活 マスターに会うなど、そこに至る方法論 

 大雑把にいって、このようなことが僕が重要だと思うスピリチュアリティのエッセンスです。

 臨死体験というのは、厳密にいうと、その体験にむらがあり全員が<我それなり>になるわけではないです。
 タイムトラベルしちゃったりとか、手術台に横たわる自分を天井くらいから見下ろしてたり、三途の川で死んだ親族にあうだけのこともあるでしょう。

 そうなんですけど、僕が昔から臨死体験ものを継続的に読んでいるのは、少なくとも「私は肉体ではない」「意識体、魂である」「そして死はただのブラックアウトではない」という体験があるからです。それが管つながれた自分を天井から見てるだけであっても、、、

 多くの人が語るそのストーリーが僕の中にある、死への恐怖や虚無感を治療的に癒す効用があるようで、20才くらいから、興味を持って読んでいます。少なくとも、付き合いだけで言えばヒマラヤ‐インド系聖者ものよりずいぶん長いです。

 まあ、「神」が気にならなくても「死」が気にならない人はいないので、信仰うすく知的な現代人にとっては入りやすいスピリチュアリティの入り口なのでしょう。

 こんな風にその個人とか時代感のニーズによって、どういう系に惹かれるかというのはかわってくるんですね。 

 袈裟みたいなのを着てアシュラムに鎮座するグルの話しはいかにもうさんくさく思えても、昨日まで普通の仕事をしていたお医者さんとか主婦とかが突然命の危機に瀕し、おどろくべき体験をした!という方がやはり現代では多くの人に訴えかけると思います。

 臨死系が死を恐れる心と共鳴し、癒すとすれば、それと同じようにネイティブアメリカン系というのは、自然を愛する心であるとか、都市型資本主義文明に適応出来ないとか、そういう部分と共鳴しつつ、とても深い命と大地の物語を垣間見せてくれます。 

 だから特に、スピリチュアリティに興味があっても特にネイティブアメリカンライフには興味がないというタイプはたくさんいると思います。そしてスピリチュアリティのエッセンスは<我神なり>であるので、頭に羽根を付けて火の回りで踊ったりしても、しなくても、袈裟みたいな服を着ても着なくてもどうでもいいのです。

 ただ、万物にスピリットを見ていたネイティブ系の思想・体験は、<神なし・分離した肉体のみ>の恐れによって狂乱している都市型資本主義文明のアンチテーゼとしての立ち位置、役割があるということではないでしょうか。そして僕らが生命ある生活へと回帰する道筋も暗示しているように思います。

 僕にはそのようなもの、死を越えたもの、自然に宿る神秘への欲求が内在しているようです。
 そのニーズが引き付けられるスピリチュアリティの色合いを決めています。

 ・・・・という風に自分が惹かれるスピリチュアリティに関して考えていた時に、昨年末のI師匠夜の集いで、I師匠が『人間にとって一番重要なことは、食うことだっっ!」と力説していたことなどを思い出しました。

 そして、よくいろいろなところでみかける心理学者マズローの欲求の階層構造が浮かんだのですが・・・・


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 ちょっと長くなりそうなので二回にわけたいと思います。

To be continued・・・・・




未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/06 17:49

謹賀新年



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私的雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/02 16:07

Radio update 12/31 <場>の多重構造について アトランティスファンタジー


  今年最後に、一年の体験などをふまえて、喋ってみました。



  
  ■いろいろな<場>を観察する機会が多かった2016年
  ■ボイトレ先生のコラム 人間にひつような3つの場所 「帰る場所」「逃げ込む場所」「挑む場所」
  ■場の原型 家族 
  ■超個的な<場>
  ■意味的に共鳴する超個的な<場>と原初の<場>
  

  
  ↓こちらは秋ごろにアトランティスについて喋っています。かなり適当に喋りすぎて、人類の起源など若干不正確な部分がありますが、ニュアンスをくみ取っていただければ幸いです。

 




 ■アトランティス伝説の大枠
 ■どうしてアトランティスファンタジーは魅力的なのか
 ■歴史の虚構、未知の惑星
 ■宮崎アニメと失われた文明アーキタイプ
 ■タイタニックとアトランティスって・・?
 ■アトランティスのおもむきを残すと言われるアゾレス諸島
 ■ホピの予言 水により滅びた3つ目の世界
 ■久高島はかつて高地であった
 


                 ☆皆様 よいお年を~☆



Haitaka Radio | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/31 20:33
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